宇野淑子

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宇野 淑子(うの よしこ、1942年3月18日[1] - )は、日本のアナウンサー、ジャーナリスト、女優。

東京都立川市出身。岡山県立岡山操山高等学校卒業。東京教育大学文学部卒業[2]。

1964年4月、TBSにアナウンサー9期生として入社。2002年3月の定年退職まで同社のアナウンサーとして活躍。民放で定年まで勤め上げた初の女性アナウンサー[3]である。

クールな中に情感と色気を湛えた品のあるアルト。人を癒す声を目指し、理性的であり、かつ又感情豊かな声の表現者として活躍する。TBSを退職後、大谷美智浩作演出の舞台『お熱い夜はいかが?』で初舞台を踏み女優としての活動を広げ、2003年には壤晴彦が主宰の演劇倶楽部『座』の活動に参加[2]。日本ペンクラブ会員。

略歴

戦争疎開で岡山県へ。以後高校卒業まで岡山市(旧都窪郡吉備町)で送る。東京教育大学卒業後、1964年4月、TBSにアナウンサー9期生として入社(同期に石川顯、大沢悠里、小島康臣、平原晋太郎、桝井論平、高階玲子、二村義子、山田照子、吉野好子)[4][5]。1966年1月、ラジオ局放送部兼テレビ編成局アナウンス部[6]。1967年11月15日、アナウンサー研修室設置に伴いラジオ局第一制作部勤務者兼アナウンサー研修室付に[7]。1969年3月、放送部兼第一制作部兼第二制作部兼アナウンサー研修室付、1970年7月、ラジオ本部アナウンス室、1989年1月、報道総局アナウンス部兼ラジオ総局情報制作局ニュース・情報センター部、1991年5月、アナウンスセンター兼ラジオ制作局にそれぞれ配属[6]。2000年4月、クリエイティブ・メディア・エージェンシーに出向[1]。

1988年、第二次世界大戦後、サハリンに残留した人々について、継続的に注目し続け、ラジオドキュメンタリーやテレビ報道番組の特集に結実、第14回放送文化基金賞ラジオドキュメンタリー番組優秀賞[8]や第36回日本民間放送連盟賞番組部門ラジオ報道番組優秀賞[9]、第14回'88JNNアノンシスト賞グランダ・プレミオを受賞[6]。テレビでは報道番組のナレーションを中心に担当。

2002年3月、TBSを定年退職。6月、『お熱い夜はいかが?』で女優に初挑戦する[10]。

出演番組

参加作品

ピチカート・ファイヴのアルバム『overdose』に収録の曲『If I were a groupie』にてナレーションとして参加した

舞台

  • 晴風会玄奥尺八公演(1995年 - )語り
  • 吉田秀穂作演出アナウンサー朗読劇 コトバの園〜言霊たちの夜(1999年) 
  • 吉田秀穂作演出アナウンサー朗読劇 プラットホーマーたちの朝(2000年)
  • 大谷美智浩作演出 お熱い夜はいかが?(2002年)
  • 演劇倶楽部『座』紀伊国屋ホール公演 詠み芝居(2003年)
  • 演劇倶楽部『座』草月ホール公演 肝っ玉おっ母とその子どもたち(2004年)
  • 演劇倶楽部『座』シアターV赤坂公演 おたふく(2006年)
  • 朗読 夢の時間(2006年 - )
  • 紫紺倶楽部 朗読の世界(2011年 - )

ビブリオグラフィ

著書

  • 離別の四十五年〜戦争とサハリンの朝鮮人(1990年、潮出版社)
  • 私の介護家族戦争(2002年、講談社)

脚注

  1. 1 2 “CMA Album アナウンサー/キャスター”. 2000年12月9日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年11月1日閲覧。
  2. 1 2 “演劇倶楽部『座』 - 宇野淑子プロフィール”. 2009年2月25日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年11月1日閲覧。
  3. ↑ “民放初の定年退社女性アナ・宇野淑子氏、ジェンダーとの闘い”. NEWSポストセブン. 週刊ポスト (2020年5月27日). 2024年7月12日閲覧。
  4. ↑ 東京放送 編「III 放送関係 7.アナウンサーの活動記録」『TBS50年史 資料編』東京放送、2002年1月、237頁。「1964.4<9期生> 10人入社(男5・女5) 石川 顯 大沢悠里 小島康臣 平原晋太郎 桝井貞之 宇野淑子 高階玲子 二村義子 山田照子 吉野好子」
  5. ↑ 東京放送 編「TBSアナウンサーの動き」『TBS50年史 付属資料・ハイブリッド検索編』(DVD-ROM & PDF)東京放送、2002年1月、16-18頁。「64.4 <9期生>10人入社(男5・女5) 石川 顯 大沢 悠里 小島 康臣 平原晋太郎 桝井 貞之 宇野 淑子 高階 玲子 二村 義子 山田 照子 吉野 好子」
  6. 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 東京放送 編「TBSアナウンサーの動き」『TBS50年史 付属資料・ハイブリッド検索編』(DVD-ROM & PDF)東京放送、2002年1月、17頁。「宇野 淑子…[66.1R局放送部兼TV編成局アナウンス部][67.11R局第一制作部兼アナウンサー研修室付][69.3 放送部兼第一制作部兼第二制作部兼アナウンサー研修室付][70.7R本部アナウンス室][89.1 報道総局アナウンス部兼R総局情報制作局ニュース・情報センター部][91.5 アナウンスセンター兼R制作局] R「ニュースショー(69)」「おはよう片山竜二です(75)」「郷愁のうた〜ノスタルジック・サウンド〜(77)」「ラジオエッセイ(78)(85)」「朝の口笛(80)」「民謡まつり暦(82)」「はやおき倶楽部(86)」「お昼のニュースステーション」 ★「ニューススペシャル〜待ちわびるハルモニたち〜」<第14回'88アノンシスト賞 グランダ・プレミオ賞受賞> TV「芸能ニュース(70)」「東京エコー(70)」「これが世界だ(70)」「向こう三軒両隣り(77)」「テレポート6<リポーター>(77)」「11時にあいましょう(78)」「週間ニュース特集(78)」「CBSドキュメント」」
  7. ↑ 東京放送 編「TBSアナウンサーの動き」『TBS50年史 付属資料・ハイブリッド検索編』(DVD-ROM & PDF)東京放送、2002年1月、22頁。「1967年11月15日 『アナウンサー研修室』設置 <ラジオ局第一制作部勤務者兼アナウンサー研修室付> 榎本勝起、仁村秀雄、麻生雅子、田淵 威、清水将夫、鈴木史郎、古村朋子、大沢悠里、桝井貞之、宇野淑子、高階玲子、二村義子」
  8. ↑ 東京放送 編「VII 各種表彰 1.外部団体の表彰」『TBS50年史 資料編』東京放送、2002年1月、283頁。「放送文化基金賞 1988年 第14回 ラジオドキュメンタリー番組 優秀賞「ハルモニたちは今」サハリン残留韓国人、留守家族を追って/宇野淑子」
  9. ↑ 東京放送 編「VII 各種表彰 1.外部団体の表彰」『TBS50年史 資料編』東京放送、2002年1月、279頁。「民放祭賞、日本民間放送連盟賞 1953年〜 1988年 第36回日本民間放送連盟賞 番組部門 ◆ラジオ報道番組 優 秀「待ちわびるハルモニたち」/宇野淑子、里見恭夫、湯河俊明、河野晃」
  10. ↑ “TBS退社、元“熟女”アナの気骨”. 夕刊フジ. (2002年4月9日) 2014年11月1日閲覧。
  11. 1 2 3 4 5 東京放送 編「III 放送関係 7.アナウンサーの活動記録」『TBS50年史 資料編』東京放送、2002年1月、237頁。「宇野淑子 R「おはよう片山竜二です」「Nスペシャル〜待ちわびるハルモニたち〜」 TV「これが世界だ(1970)」「週間ニュース特集(1978)」「CBSドキュメント」」

参考文献

  • 東京放送 編『TBS50年史』東京放送、2002年1月。 

外部リンク