安倍黒麻呂

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安倍黒麻呂
時代 奈良時代中期
生誕 不明
死没 不明
官位 日向守
主君 聖武天皇→孝謙天皇→淳仁天皇
氏族 安倍朝臣
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安倍 黒麻呂(あべ の くろまろ)は、奈良時代中期の官人。姓は朝臣。官職は日向守。

経歴

天平12年(740年)9月に発生した藤原広嗣の乱に進士(志願兵)として参加する。10月に逃亡中であった藤原広嗣を肥前国松浦郡値嘉嶋長野村(現在の長崎県北松浦郡宇久町小浜郷長野。五島列島の宇久島内)で捕縛した[1][2]。黒麻呂の出自は不明だが、乱の鎮圧軍の将だった阿倍虫麻呂と同族の武人と推察される。その後、天平宝字5年(761年)頃には日向守を務めている。

脚注

  1. ↑ 『続日本紀』天平12年(740年)11月3日条
  2. ↑ 上田正昭、津田秀夫、永原慶二、藤井松一、藤原彰、『コンサイス日本人名辞典 第5版』、株式会社三省堂、2009年 47頁。

参考文献