宮の沢 | |
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地下鉄宮の沢駅 | |
| 北緯43度05分23.6秒 東経141度16分35.9秒 / 北緯43.089889度 東経141.276639度 | |
| 国 |
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| 都道府県 |
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| 市町村 |
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| 行政区 | 西区 |
| 等時帯 | UTC+9 (日本標準時) |
| 郵便番号 |
063-0051〜54、59 |
| 市外局番 | 011[1] |
| ナンバープレート | 札幌 |
宮の沢(みやのさわ)は北海道札幌市西区にある地名。同区内の北西端に位置する。旧国道5号(北海道道124号宮の沢北一条線)の両側に広がる地域である[2]。
1871年(明治4年)、仙台白石藩の藩士たちが北海道に集団移住し、白石村の基礎を造った。しかし翌1872年(明治5年)、三木勉が率いる52戸241名は再移住を試み[2]、発寒村に入植。これを機に分村が行われて手稲村が誕生した[3]。彼らは中の川の沢地に上手稲神社の前身となる小祠を祀り、その周辺は「宮の沢」と呼ばれるようになった[2]。
1882年(明治15年)、大字三村制の施行により手稲村が3区分されたとき、宮の沢は大字上手稲村の一部とされた[2]。1942年(昭和17年)の字名改正により、この大字はなくなった[2][3]。1951年(昭和26年)には町制が施行され、所属自治体が手稲町となる[3]。
その後、手稲町東部地区の中心は手稲東に移り、また西野への移住者が増えるにつれ、宮の沢は周囲の発展から取り残される形となった[2]。しかし1967年(昭和42年)3月の札幌市との合併[3]から10年を経るころには、宅地化が急速に進行した[2]。
西区から手稲区の分区が行われた1989年(平成元年)、それまでの「手稲宮の沢」という町名は廃止され[4]、西区側は「宮の沢」となり、手稲区側となった地域は「西宮の沢」となった[5]。
1999年(平成11年)、札幌市営地下鉄東西線が延伸され、終点となる宮の沢駅が設置された。
| 西宮の沢(手稲区) | 発寒 | |||
| 西町北・西町南 | ||||
| 西野 |
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