宮沢長治

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宮沢長治

宮沢 長治(みやざわ ちょうじ、明治2年8月10日[1](1869年9月15日) – 昭和7年(1932年)2月16日[2])は、日本の衆議院議員(立憲政友会)。弁護士。

経歴

信濃国水内郡住良木村(現在の長野県長野市中条)出身[3]。1893年(明治26年)、明治法律学校(現在の明治大学)を卒業[2]。弁護士を開業し、上水内郡会議員、同参事会員、長野県会議員、同議長に選ばれた[2]。その他、長野新聞主筆・取締役を務めた[1]。

1923年(大正12年)11月、長野県第3区の衆議院議員補欠選挙で当選を果たした[4]。

脚注

参考文献

  • 人事興信所編『人事興信録 第4版』人事興信所、1915年。 
  • 『第一回乃至第二十回総選挙 衆議院議員略歴』衆議院事務局、1940年。 
  • 衆議院・参議院編『議会制度七十年史 衆議院議員名鑑』大蔵省印刷局、1962年。