ふじまつむら
富士松村
富士松村役場
富士松村役場
廃止日 1955年(昭和30年)4月1日
廃止理由 編入合併
富士松村、依佐美村の一部→刈谷市
現在の自治体 刈谷市
廃止時点のデータ
国 日本の旗 日本
地方 中部地方、東海地方
都道府県 愛知県
郡 碧海郡
市町村コード なし(導入前に廃止)
面積 20.10 km2.
総人口 10,956人
(国勢調査、1950年(昭和25年)10月1日)
隣接自治体 刈谷市、碧海郡知立町、高岡村、知多郡大府町、西加茂郡三好村、愛知郡豊明村
富士松村役場
所在地 愛知県碧海郡富士松村大字逢見字西高山19-1[1]
座標 北緯35度01分50秒 東経137度01分08秒 / 北緯35.03064度 東経137.01875度 / 35.03064; 137.01875座標: 北緯35度01分50秒 東経137度01分08秒 / 北緯35.03064度 東経137.01875度 / 35.03064; 137.01875
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1917年の富士松村

富士松村(ふじまつむら)は、かつて愛知県碧海郡に存在した村。

1955年(昭和30年)4月1日に依佐美村の一部とともに刈谷市に編入された。現在の刈谷市北部に当たる。

地理

河川

湖沼

・間野四郎池–農業用ため池。  南池–農業用ため池  

ギャラリー

歴史

江戸時代

所属藩・石高

行政区域の変遷

行政

富士松村役場

富士松村役場改築委員(後の富士松村長)の酒井鉄之助が鉄筋コンクリート造の建築を主張し、1930年(昭和5年)には刈谷市立亀城小学校なども設計した大中肇によって富士松村役場が竣工した[2][3]。1955年(昭和30年)に富士松村が刈谷市に編入されると、この建物は刈谷市役所富士松支所となった[3]。この建物は老朽化によって取り壊され、1984年(昭和59年)3月に現在の富士松支所が竣工した[3]。

教育

刈谷市となった後の1970年(昭和45年)には愛知教育大学が移転してきた。刈谷市となった後の1981年(昭和56年)には刈谷市立富士松東小学校が開校している。

小学校

中学校

交通

名鉄名古屋本線 富士松駅

中世には鎌倉街道が富士松村を通っていたとされ、祖母神社の境内には「鎌倉街道伝承地」碑などがあるが、鎌倉街道の正確な経路は定かでない。近世には東海道が富士松村を通っており、39番目の宿場である池鯉鮒宿と40番目の宿場である鳴海宿の間に位置していた。太平洋戦争後には東海道に並行して国道1号が開通した。

1923年(大正12年)には愛知電気鉄道豊橋線(現在の名鉄名古屋本線)が開業し、富士松村には富士松駅と一ツ木駅が設置された。

道路

鉄道

名所・旧跡

史跡

神社

寺院

お富士の松

お富士の松

もともと今川町には松の巨木があり、「富士松」(お富士の松)と呼んでいた[5]。永禄3年(1560年)の桶狭間の戦いの際、今川勢がこの地を通った富士権現参詣の旅人を敵と見誤って殺した[5]。住民が旅人を哀れに思って松を植えると、その松も成長して大木となり、「富士松」(お富士の松)と呼ばれるようになった[5]。富士松という村名はこの松に由来する。かつて富士松村役場はこの松のたもとにあった。

この松が1959年(昭和34年)の伊勢湾台風で枯死すると、名鉄名古屋本線 富士松駅近くに2代目の松が植えられた。2代目の松が枯死すると、3代目の松が富士松駅の正面に植えられている。

出身著名人

脚注

[脚注の使い方]
  1. ↑ 『愛知県郡市町村勢要覧』愛知県総務部統計課、1951年
  2. ↑ 『写真集 明治大正昭和 刈谷』国書刊行会、1981年、p.54
  3. 1 2 3 『碧海の昭和』樹林舎、2012年、p.190
  4. ↑ 順慶寺について 順慶寺
  5. 1 2 3 『写真集 明治大正昭和 刈谷』国書刊行会、1981年、p.90

関連項目

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