富山誠

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富山 誠
個人情報
生誕
中川 力

(1952-08-20) 1952年8月20日
死没 1993年
墓所 来世幸福園
宗教 幸福の科学
両親 父親:善川三朗
母親:中川君子
出身校 種智院大学人文学部卒業
京都大学文学部哲学科卒業
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富山 誠(とやま まこと、本名:中川 力、1952年〈昭和27年〉8月20日 - 1993年〈平成5年〉)は、日本の宗教家。

徳島県吉野川市出身。京都大学文学部哲学科卒業。種智院大学人文学部卒業。実弟は幸福の科学名誉総裁である大川隆法。

経歴

徳島県麻植郡川島町(現:吉野川市)で畜産コンサルタントの中川忠義とその妻である中川君子の長男として生まれる。徳島県立城南高等学校を卒業し、1978年(昭和53年)に京都大学文学部哲学科を卒業[1]。

その後、仏教研究のため種智院大学人文学部に学士入学し卒業。大手進学予備校で受験指導にあたる傍ら、哲学・宗教学の研究を続けた[1]。

1983年(昭和58年)に父の忠義とともに徳島市の新町橋近くで進学塾「太陽学園」を経営し塾長となるが、後に若年性高血圧症の脳溢血で入院することとなり進学塾は閉鎖となる。学習塾で経営をする傍ら、父の忠義と同様に霊能力者として交霊術を行っていたとされる[1]。

1986年(昭和61年)に弟である中川隆が大川隆法と改名し幸福の科学を設立。その際に父の忠義は善川三朗と改名し、力も富山誠と改名した[2]。

1993年(平成5年)、死去。墓所は徳島県鳴門市鳴門町高島にある来世幸福園[1]。

著書

  • 『神に祈りを―ニュージランドツアーの体験から』(1987年10月1日、島津書房)

脚注

  1. 1 2 3 4 沼田健哉「幸福の科学の研究」桃山学院大学社会学論集
  2. ↑ 1996年,弘文堂『新宗教教団・人物事典』