富陽軒

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株式会社富陽軒
種類 株式会社
本社所在地 日本の旗 日本
〒416-0909
静岡県富士市松岡1190番地
北緯35度9分15.2秒 東経138度38分29.8秒 / 北緯35.154222度 東経138.641611度 / 35.154222; 138.641611座標: 北緯35度9分15.2秒 東経138度38分29.8秒 / 北緯35.154222度 東経138.641611度 / 35.154222; 138.641611
設立 1953年11月
業種 食料品
法人番号 2080101009600 ウィキデータを編集
事業内容 駅弁の製造販売、病院の食堂・売店の運営
代表者 代表取締役 石井大介
資本金 1200万円
従業員数 120名
外部リンク www.fuyouken.com
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富陽軒(ふようけん)は、静岡県富士市に本社を置く企業である。東海道新幹線新富士駅で駅弁を販売するほか、仕出し弁当や、静岡県内の病院の食堂や売店の事業を営む。

歴史

創業者の石井家は、元は江戸幕府の家臣団で、現在の東京の巣鴨近辺に暮らしていたが、明治の初めに徳川家達とともに静岡に移り住んだ。1871年(明治4年)の廃藩置県で家達らは東京に戻ったが、石井家当主の源三郎の子の信敏は静岡に残り、静岡県警に勤めた。明治の終わりごろ、静岡駅の構内営業を巡ってトラブルがあった。警察や司法に通じる信敏が調停に入った結果、三盛軒[注釈 1]が営業を続けることとなる。その縁から、石井家の者が三盛軒で駅弁の修業をすることとなった[1]。

1920年(大正9年)、熱海駅経由の東海道本線が開通し、小田原駅が開業。構内営業の事業者の募集があり、石井家も応募したが、地元の東華軒に決定した。折角応募してくれたのだからと、鉄道省が紹介してくれたのが、静岡市にほど近い富士駅であった。1899年(明治32年)の東海道線開通時には鈴川駅(現 吉原駅)と岩淵駅(現 富士川駅)の間に駅は設けられず、地元の誘致により1909年(明治42年)に開業した。1921年(大正10年)、富士駅での構内営業を開始。開業から十数年の当時は小さな駅であったが、製紙工場の進出や、身延線の前身である富士身延鉄道の開通による参詣客の増加が見込まれた。最初に発売した駅弁は、本家近くの巣鴨稲荷に因み稲荷寿司であった[1]。東海道本線に準急列車が走っていた当時は、熱海駅から静岡駅まで車内販売も行った[2]。1964年(昭和39年)、東海道新幹線開通。この年に、富陽軒の本社・工場は富士駅前から富士市松岡に移転した。

平成初期まで、富士宮市の寺院に向けた宗教団体の需要が収益の支えになった。東京方面からは富士宮駅まで在来線を経由する団体専用列車、西日本方面からは東海道新幹線で静岡駅、1988年(昭和63年)に新富士駅が開業すると同駅から貸切バスで寺院へ向かっており、宿坊での朝食も提供していたが、1991年(平成3年)にこの需要が途絶えた。売上の7割を失う事態となり、再就職を支援して社員数を3分の1まで減らすことを余儀なくされた。その頃、富士市の総合病院で食堂や売店を運営する事業者の募集があり、これが窮地を救うこととなった[3]。

駅弁

駅弁は東海道新幹線新富士駅改札外のPLUSTA新富士および上りホーム売店で、平日のみ販売している[4]。定番の幕の内弁当や助六寿司のほか、地元食材を使ったオリジナル弁当も揃えている[5]。富士駅では駅弁の販売は行わず、平日に身延線ホームの立ち食いそば店のみ営業している[4]。

富士市には竹取物語発祥の地の伝承があり、富陽軒の駅弁の看板商品の一つに「竹取物語」がある。茹で落花生の入ったおこわ[注釈 2]の上に帆立の照焼、金目鯛の塩焼き、桜海老の炒り煮、椎茸煮、栗の甘露煮などが乗っており、かぐや姫を描いた掛け紙や竹かごの容器も特徴的である。発売開始は国鉄分割民営化が実施された1987年(昭和62年)で、この年に一度だけ開催された「JR東海駅弁まつり」でJR東海社長賞[注釈 3]に選ばれた[8]。2026年(令和8年)には、アニメーション作品『超かぐや姫!』のイラストを使ったコラボレーション商品が発売された[9]。

1988年3月13日には、東海道新幹線新富士駅・掛川駅・三河安城駅が開業。これにあわせ、東海道新幹線各駅ではオリジナルの駅弁「新幹線グルメ」シリーズが展開された。新富士駅では、源頼朝が富士山麓で行った富士の巻狩りの故事にちなんだ「巻狩べんとう」を発売。30年を超えるロングセラーとなっている[10]。

「駅弁版 極 富士宮やきそば弁当」は、蒸し麺と肉かすを使い、具材に牛肉、エビ、ホタテ、イカ、野菜をのせた富士宮やきそばとわさび飯で構成され、発熱材を使った加熱式容器で販売される[11]。

2026年4月には、富士市の私立富士見高校の生徒が企画した「ふじみ弁当」を発売。2年間にわたり販売する予定である[12]。

病院内食堂・売店

下記4院で、食堂と売店を運営している[13]

脚注

注釈

  1. ↑ 加藤家、平尾家、田中家が共同経営していた。1914年より東海軒
  2. ↑ 土壌の水はけのよさから、富士市・富士宮市は古くから落花生の栽培好適地であった[6]。茹でて食べるのは、富士地域独特の食文化である[7]。
  3. ↑ この時の社長は須田寛。

出典

  1. 1 2 望月崇史 (2021年7月26日). “富士山の麓・東海道本線富士駅最初の駅弁が「いなりずし」になった理由~富士駅弁・富陽軒”. ニッポン放送. 2026年6月14日閲覧。
  2. ↑ 望月崇史 (2021年7月28日). “東海道本線・富士駅は新幹線が停まらないのに、なぜ駅弁が売れたのか?~富士駅弁・富陽軒”. ニッポン放送. 2026年6月14日閲覧。
  3. ↑ 望月崇史 (2021年7月30日). “100年続く老舗駅弁店、コロナ禍に活きた「30年前の緊急事態」とは?~富士駅弁・富陽軒”. ニッポン放送. 2026年6月15日閲覧。
  4. 1 2 販売店舗(富陽軒)
  5. ↑ 駅弁カタログ(富陽軒) (PDF)
  6. ↑ 熊王康宏. “富陽軒のお弁当”. 静岡産業大学. 2026年6月15日閲覧。
  7. ↑ “ゆで落花生”. 富士市役所 (2025年5月15日). 2026年6月14日閲覧。
  8. ↑ “『JR時刻表』連載「駅グルメ」Vol.04 駅弁「竹取物語」”. 交通新聞社 (2025年9月20日). 2026年6月14日閲覧。
  9. ↑ “富陽軒の駅弁『竹取物語』がアニメ映画『超かぐや姫!』とコラボ”. 富士市役所 (2026年5月2日). 2026年6月14日閲覧。
  10. ↑ 望月崇史 (2021年7月23日). “富士山に夏が来た! 静岡・富士宮口から登るならこの駅弁~富士駅弁・富陽軒”. ニッポン放送. 2026年6月15日閲覧。
  11. ↑ “駅弁ライターが実食!東海道新幹線全17駅の駅弁”. トレたび. 交通新聞社 (2024年10月10日). 2026年6月15日閲覧。
  12. ↑ 「富士の味覚駅弁で堪能 地元高校生考案 新富士駅で販売 ゆで落花生入り富士山形のご飯」『読売新聞』。オリジナルの2026年6月15日時点におけるアーカイブ。2026年6月15日閲覧。
  13. ↑ 病院コンシェルジュショップ(富陽軒)

外部リンク