将火怒
プロフィール
リングネーム 将火怒
デーモン植田
植田 使徒
植田 直幹
本名 植田 直幹
ニックネーム 悪の将軍
身長 182cm
体重 105Kg
誕生日 (1982-07-30) 1982年7月30日(42歳)
出身地 岡山県新見市
所属 将火怒プロレス
スポーツ歴 空手 レスリング
トレーナー アニマル浜口
デビュー 2007年10月21日
テンプレートを表示

将火怒(まさかど、1982年7月30日 - )は、日本のプロレスラー。本名:植田 直幹(うえだ なおき)。

経歴

新見第一中学校1年の時、地元に来たFMWの興行を見てプロレスラーを志す。新見北高校時代は空手部に所属するも中退し、19歳で新日本プロレスの入団試験を受けたが不合格。その後はアニマル浜口ジムに入り、2005年ドン・キホーテ杯第1回全日本ビーチレスリング選手権(ベスト8)などに参加した。

2006年9月にZERO1-MAX練習生となり、2007年10月8日の岐阜商工会議所で行われたエキシビションマッチ(対浪口修戦)を経て、10月21日秋田市立茨島体育館での対佐々木義人 (プロレスラー)戦でデビュー。ZERO1-MAXに団体が変わってからの生え抜き第1号である。

2008年2月、リングネームを植田使徒に変更(由来は新世紀エヴァンゲリオンファンであることから)。

2011年11月9日、王者ハートリー・ジャクソンを破ってNWAユナイテッド・ナショナル・ヘビー級王座を獲得し、地元紙にも取り上げられた[1][2]。

2013年7月、火祭りへの出場権利を得たことからヒールターンし、リングネームをデーモン植田へと変更するが勝ち点3で予選敗退という結果に終わった。

2014年より菅原拓也と結託し、デーモン軍を結成し仲間にはKAMIKAZE・傘下にはVMがいた。

また、7月より開催の火祭りでは佐藤耕平・大谷晋二郎・田中将斗から大金星を挙げている。特に大谷には前日の仙台大会でデーモン水を使いすでに奇襲をかけていた。しかし、準決勝でKAIに敗れた。

かねてから人気が出ない事を悩んでおり、2015年3月12日に放送された『たけしの等々力ベース』(BSフジ)に出演し、リングネームの改名を要請した。司会のビートたけしによって、悪役である事や悪役への続行を希望した事から、平将門をモチーフにした将火怒(まさかど)にリングネームを改名した[3]。

2016年5月22日、佐賀県小城市にて小城市活性化チャリティー大会「将火怒プロレス」を開催。

7月31日、契約満了にて退団。その後は崔領二率いるプロレスリングLAND'S ENDと業務提携という形で旗揚げより行動を共にしている。

12月11日、佐賀県伊万里市にて将火怒プロレスを開催。

2017年、全日本プロレスの世界最強タッグ決定リーグ戦に崔領二と組んで出場。8月27日、「全日本プロレス45周年記念両国大会 ~新たなる決意~」にランズエンドvs多国籍軍として出場[4]。

人物

得意技

変型のアックスギロチンドライバー。形はアックスギロチンドライバーだが植田自身は膝ではなく尻もちをついて落ちると言っている。旧名はルシファーズハンマー。
いわゆる毒霧。さまざまな色のバージョンがあり、菅原に誤爆することが多いが菅原は誤爆はつきものと言う。
植田が入場時に持参してくる斧での凶器攻撃で、過去には大原はじめを机に寝かせて腹に斧を突き刺し処刑をしようともしたがよけられた。大原は殺されると絶叫していた。

タイトル歴

入場曲

脚注

[脚注の使い方]
  1. ↑ “植田使徒 NWA UNヘビー級王者に”. 新見化学工業 (2011年11月9日). 2011年12月27日閲覧。
  2. ↑ “米プロレスのタイトル獲得 新見の植田さん”. 山陽新聞 (2011年12月22日). 2011年12月27日閲覧。
  3. ↑ たけし 超マイナー・レスラーに新リングネーム考案「将火怒」東スポ、2015年3月7日記事
  4. ↑ “【2017 SUMMER EXPLOSION [最終戦 全日本プロレス45周年記念両国大会 ~新たなる決意~】 東京・両国国技館 ≪15:00開始≫]”. 全日本プロレス (2017年8月19日). 2017年8月19日閲覧。

外部リンク

⌬ Phoenix Mesh CID: 未登録 IPFS未登録 📡 0ピア N=1 CRITICAL PQS C54