小林準

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小林 準
生誕 1885年10月31日
日本の旗 日本 東京府
死没 (1957-09-15) 1957年9月15日(71歳没)
所属組織  大日本帝国陸軍
軍歴 1905年 - 1937年
最終階級 陸軍少将
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小林 準(こばやし ひとし[1]、1885年〈明治18年〉10月31日[2] - 1957年〈昭和32年〉9月15日[2])は、大日本帝国陸軍軍人。最終階級は陸軍少将。

経歴

東京府出身[2]。陸軍士官学校第18期卒義[2]。1923年(大正12年)3月、陸軍歩兵少佐に進級し[3]、同年9月時点で歩兵第57連隊大隊長の任にあった[3]。1924年(大正13年)9月時点で陸軍士官学校本科訓育部附兼本科教官に転じ[4]、1924年(大正14年)9月時点で陸軍士官学校副官兼陸軍将校試験常置委員となり[5]、1927年(昭和2年)7月、陸軍歩兵中佐進級と同時に歩兵第40連隊附を発令された[6]。

1930年(昭和5年)3月に台湾軍副官に着任し[7]、1932年(昭和7年)8月、陸軍歩兵大佐進級と同時に近衛師団司令部附となり[1]、専修大学に配属された[1]。1934年(昭和9年)3月に関東軍兵事部部員に転じ[1]、1935年(昭和10年)8月に高田連隊区司令官に就任した[2]。1937年(昭和12年)8月8日、陸軍少将進級と同時に待命となり[1][2]、8月22日に予備役に編入された[2]。

1957年(昭和32年)9月15日、胃がんのため死去[8]。

スキーについて

1910年(明治43年)、高田に赴任していた小林は、来日していたテオドール・エードラー・フォン・レルヒ中佐よりスキーの指導を受け、レルヒ中佐より指導を受けた最後の生存者であった[9]。

脚注

参考文献

  • 福川秀樹 編著『日本陸軍将官辞典』芙蓉書房出版、2001年。ISBN 4829502738。 
  • 外山操 編『陸海軍将官人事総覧 陸軍篇』芙蓉書房出版、1981年。ISBN 4829500026。