小町通り

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小町通り(2019年3月)
小町通り(2009年1月)

小町通り(こまちどおり)は、神奈川県鎌倉市の鎌倉駅東口から鶴岡八幡宮方面へ延びる通りである。沿道には飲食店、土産物店、食品店などが集まり、地元住民向けの店舗に加え、観光客を主な対象とする土産物店や飲食店などが並ぶ。鶴岡八幡宮への参詣者や観光客、修学旅行生などが訪れる商業地区となっている[1]。通りに沿って鎌倉小町商店会が組織され、商店街の管理や地域活動などを行っている[2]。

位置

小町通りは、鎌倉駅東口から北へ向かい、若宮大路の西側に並行して鶴岡八幡宮の南西角付近まで延びる通りである。全長は約360メートルとされ、北行き一方通行の道路沿いに商店が集積している[3]。通りの南側は小町一丁目、北側は雪ノ下二丁目にあたる。

歴史

農道から商店街へ

明治時代初期、現在の小町通り周辺は「瀬戸耕地」と呼ばれ、田畑の広がる農道であった[4]。1889年(明治22年)に横須賀線が開通して鎌倉駅が開業すると、駅周辺への人や物の流れが生まれ、肉屋、酒屋、八百屋などの商店が点在するようになった[3]。

鎌倉時代に商業の場として知られていたのは、若宮大路の東側に位置する小町大路(辻説法通り)であった[5]。現在の小町通りは、鎌倉駅開業後の近代に市街化が進んだ地域にあたる。

関東大震災以後

1923年(大正12年)の関東大震災では、鎌倉駅周辺が火災などによる被害を受けた。震災以前には、現在の東急ストアがある付近にも数軒の商家があったが、その多くが被災し、小町通り周辺へ集団移転したとされる[3]。

昭和初期には、別荘居住者や移住者の日常生活を支える商業地としての役割も担うようになり、食料品などを扱う店舗が集まった[4]。

1952年(昭和27年)には鎌倉小町商店会が組織された[3]。その後、店舗の集積が進み、地元住民の日常的な買い物の場であると同時に、鎌倉を訪れる観光客向けの商店街として発展した。

名称

現在の小町通りの名称が定着した経緯については、戦後、この周辺が「新小町」と呼ばれたことなどが関係したとする説がある。鎌倉市中央図書館のレファレンス記録では、蛭子神社の氏子が周辺に居住していたことと地名の変化との関連が推定されている一方、名称の由来は確定していない[6]。

商店街

小町通りには、飲食店、菓子・食品店、土産物店、雑貨店、衣料品店、美術・工芸品店など、多様な業種の店舗が集まっている。鎌倉の伝統に関連する商品を扱う店と、観光客向けの飲食・物販店などが併存している[7]。

鎌倉市によると、市内の商店会のうち、鎌倉駅東口側にある鎌倉小町商店会は会員数が最も多い商店会である[2]。商店会は加盟店舗の活動に加え、街路灯や看板アーチの管理、道路環境の維持、地域行事などにも関わっている[8]。

道路整備

2007年度(平成19年度)から、小町通りの市道032-000号線では電線類地中化事業が進められ、2013年(平成25年)8月に完了した[9]。この事業は、通り沿いの電線類を地中化する道路整備の一環である。

周辺

鉄ノ井

鎌倉十井の一つ。小町通りの北端に位置している[10]。

脚注

  1. ↑ (角川 1984, p. 1174)
  2. 1 2 “鎌倉の商店街を教えてください。”. 鎌倉市. 2026年10月13日閲覧。
  3. 1 2 3 4 (鎌倉こまち今昔編集委員会 2013, pp. 114–115)
  4. 1 2 “小町通りヒストリー”. 鎌倉小町商店会. 2026年10月13日閲覧。
  5. ↑ (鎌倉こまち今昔編集委員会 2013, p. 113)
  6. ↑ “鎌倉の現在の小町通りは、なぜ「こまちどおり」という名前がついたのか。”. 国立国会図書館レファレンス協同データベース. 2026年10月13日閲覧。
  7. ↑ “加盟店舗一覧”. 鎌倉小町商店会. 2026年10月13日閲覧。
  8. ↑ “会員の皆様へ”. 鎌倉小町商店会. 2026年10月13日閲覧。
  9. ↑ “小町通りの電線地中化事業完成のお知らせ”. 鎌倉市. 2026年10月13日閲覧。
  10. ↑ 鎌倉商工会議所『鎌倉観光文化検定 公式テキストブック』2009年10月10日、56頁。ISBN 978-4-7740-0538-6。

参考文献

外部リンク