小糸焼

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小糸焼の瓶

小糸焼(こいとやき)は岐阜県高山市で焼かれる陶器である。名の由来は高山城下西方の地名小糸坂である[要出典]。

寛永年間の開窯で、高山城主の金森重頼が京都の陶工竹屋源十郎を招き、小糸坂で開窯したのが始まりである[1]。しかし、寒冷地だったことが影響したためか、廃業となる[2]。天保7年(1837年)細江嘉助と平田忠右衛門が瀬戸から陶工戸田柳造を招き、一時再興するも、5年前後で廃絶する[1][2]。

現在の小糸焼は、戦後、長倉三朗によって復活したものである[2]。小糸焼は独特の作風で知られ、特に「伊羅保(イラボ)釉」を発展させた「青伊羅保」という渋く深みのあるコバルトブルーの釉薬が特徴である[1][2][3]。

1992年(平成4年)3月30日に岐阜県郷土工芸品に指定されている[要出典]。

脚注

  1. 1 2 3 “小糸焼”. 高山市ホームページ. 2022年3月5日閲覧。
  2. 1 2 3 4 “小糸焼 | 陶磁器 | 岐阜県 | 日本伝統文化振興機構(JTCO)”. www.jtco.or.jp. 2022年3月5日閲覧。
  3. ↑ “飛騨高山の風雅陶器・小糸焼窯元 Koito Pottery | 飛騨高山観光公式サイト” (2021年10月18日). 2022年3月5日閲覧。

関連項目

外部リンク