山岸章二

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山岸 章二(やまぎし しょうじ、1928年7月19日[1] - 1979年7月20日)は日本の編集者、写真評論家。妻は写真キュレーターの山岸享子[2]。

1957年に『カメラ毎日』編集部に入り、立木義浩、高梨豊、横須賀功光、深瀬昌久、篠山紀信、森山大道、富山治夫、土田ヒロミ、秋山亮二などを誌面で採り上げた。1971年から1972年に中央公論社から刊行された『映像の現代』シリーズの写真家の選定にも携わった[3]。1974年にはジョン・シャーカフスキーと共にニューヨーク近代美術館で「ニュー・ジャパニーズ・フォトグラフィー」展を企画、開催した。また、アメリカの写真家を紹介する活動にも当たり、ダイアン・アーバス、リチャード・アヴェドン、ピーター・ビアード(英語版)などの展覧会も開催した。1976年には編集長となったが、1978年に退職[4]。初老性の鬱病を患い、1979年、事務所で首を吊って自殺した。

関連項目

脚注

出典

  1. ↑ 『日本写真年報 1960年版』日本写真協会、1960年、p.364。
  2. ↑ “山岸享子 :: 東文研アーカイブデータベース”. 東京文化財研究所. 2024年8月28日閲覧。
  3. ↑ “写真が熱かった時代 『カメラ毎日』と山岸章二(2)”. プラスデジタル (2009年2月6日). 2024年8月28日閲覧。
  4. ↑ “写真が熱かった時代 『カメラ毎日』と山岸章二(3)”. プラスデジタル (2009年2月20日). 2024年8月28日閲覧。

関連項目

参考図書