山本吉章

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山本 吉章(やまもと よしあき、1939年9月2日 - 2016年10月20日)は、日本の銀行家。

経歴

岡山県岡山市出身[1]。1963年に慶應義塾大学法学部を卒業し、同年に中国銀行に入行[1]。

1989年6月に取締役に就任し、1993年6月に常務、1998年6月に専務を経て、1999年4月には頭取に就任[1][2]。しかし、体調不良で、2000年3月に辞任[3]。

2016年10月20日病気のために死去[4]。77歳没。

脚注

  1. 1 2 3 人事興信所 1999, や23頁.
  2. ↑ 1999年 2月22日 日本経済新聞 夕刊 p3
  3. ↑ 2000年 3月9日 日本経済新聞 夕刊 p3
  4. ↑ 山本吉章氏が死去 元中国銀行頭取2016年 10月21日 日本経済新聞

参考文献

  • 人事興信所 編『人事興信録 第40版 下』人事興信所、1999年。