山本貞幸

ウィキペディアから、無料の百科事典
 
山本貞幸
時代 室町時代後期 - 戦国時代
生誕 宝徳4年/享徳元年(1452年)?
死没 大永7年9月28日(1527年)?
改名 源之助(幼名)→貞幸
別名 通称:図書、弾正
氏族 山本氏
父母 父:吉野貞久
兄弟 吉野貞宗、女子、かな(穴山信綱室)、貞幸
妻 先室:庵原忠胤妹
後室:大橋入道娘・安
子 吉野貞継、石松、女子、光幸、
鶴(桑名城内室)、晴幸
養子:貞重
テンプレートを表示

山本 貞幸(やまもと さだゆき)は、室町時代後期から戦国時代にかけての武将。

略歴

山本氏は清和源氏・源満政の後裔とされる。駿河国富士郡山本村[1]の武士。

当初、前室との間に吉野貞継を儲けたが、妻と死別したため大橋入道の娘・安を後妻とした。この安との間に生まれた四男が山本勘助と伝わる[2]。なお、長子・貞継は、貞幸の兄・吉野貞宗の養子に入っている。

系譜

明確な史料はなく、後世の地誌などに見られる。

  • 父:吉野貞久
  • 兄:吉野貞宗
  • 長姉:早世
  • 次姉:かな(穴山信綱室)

脚注

  1. ↑ 現・静岡県富士宮市山本。
  2. ↑ 勘助の諱を貞幸とする説もある。

関連作品