島田清作
島田 清作(しまだ せいさく[1]、旧字体: 島田 淸作[2][3]、1853年10月4日〈嘉永6年9月2日[1][4]〉 - 1902年〈明治35年〉10月13日[1])は、日本の実業家[3]、政治家。埼玉県会議員[1]。埼玉県児玉郡児玉町長、同町助役[1]。埼玉県児玉郡会議員[1]。児玉町会議員[1]。族籍は埼玉県平民[5]。
経歴
埼玉県児玉郡沼上村(現・美里町)出身[1]。農業[1]、製糸業[4]を営む。児玉町会議員、学務委員、児玉町助役などを歴任して1894年から1895年に児玉町長となって町治に貢献する[1]。
1894年、県会議員に当選し、1896年に郡制初の児玉郡会議員、1897年に郡会間接選挙による県会議員になり、1899年に府県制改正後の直接選挙による県会議員にも当選する[1]。
人物
製糸家である[3]。名望は村内にある[5]。財産は地価金877円余、動産500円余[5]。住所は児玉郡児玉町児玉[1][4]。
脚注
- 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 『埼玉県議会史 6巻』児玉郡149頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2026年10月4日閲覧。
- ↑ 『大日本紳士鑑』埼玉県児玉郡414頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2026年10月6日閲覧。
- 1 2 3 『児玉記考 後編』34頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2026年10月12日閲覧。
- 1 2 3 4 『埼玉県議会百年史』218頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2026年10月12日閲覧。
- 1 2 3 『新編埼玉県史 資料編 19 近代・現代 1 政治・行政 1』584頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2026年10月4日閲覧。
参考文献
- 妹尾久造 編『大日本紳士鑑』経済会、1895年。
- 中山清夫 編『児玉記考 後編』風声堂、1900年。
- 埼玉県議会史編さん委員会 編『埼玉県議会史 6巻』埼玉県議会、1966年。
- 埼玉県議会史編さん委員会 編『埼玉県議会百年史』埼玉県議会、1980年。
- 埼玉県 編『新編埼玉県史 資料編 19 近代・現代 1 政治・行政 1』埼玉県、1983年。