島野敬三

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島野 敬三(しまの けいぞう、1932年5月5日 - 1995年1月7日)は、日本の経営者。シマノ社長を務めた。

来歴・人物

大阪府出身[1]。1955年に慶應義塾大学工学部機械工学科を卒業し、同年に不二越鋼材工業に入社[1]。1957年に島野工業(現在のシマノ)に転じ、1958年に取締役に就任。1970年に専務となる。シマノでは長らく技術部門のトップを務め、デュラエースやアルテグラなどのコンポーネント製品、シマノトータルインテグレーション(STI)などの技術が敬三の指揮下で世に送り出された[2]。

1992年2月に、兄・島野尚三の退任に伴い社長に就任[1]。

1995年1月7日、心不全のために死去[3]。62歳没。後任は弟の島野喜三が継いだ。

長男の島野泰三は2021年よりシマノの代表取締役社長を務めている[4]。

脚注

  1. 1 2 3 興信データ株式會社 1995, し97頁.
  2. ↑ 山口和幸 2003, p. 30.
  3. ↑ 1995年1月7日 日本経済新聞 夕刊 P11
  4. ↑ “入社前はドイツの自転車小売店で勤務。シマノの新社長はどんな人?”. ニュースイッチ (株式会社日刊工業新聞社). (2021年2月12日) 2024年11月20日閲覧。

参考文献

  • 興信データ株式會社『人事興信録 第38版 上』興信データ、1995年。 
  • 山口和幸『シマノ 世界を制した自転車パーツ』光文社、2003年。 
先代
島野尚三
シマノ社長
1992年 - 1995年
次代
島野喜三