工藤澪

ウィキペディアから、無料の百科事典
くどう れい
工藤 澪
生誕 1965年(60 - 61歳)
職業 AV監督
テンプレートを表示

工藤 澪(くどう れい、1965年 - )は、インディーズAVメーカー・実録出版及び無敵会のAV監督。
また、カンパニー松尾・葵刀樹と並びハメ撮り御三家と呼ばれていた[1][2][3]。

来歴

  • 2002年、実録出版設立。
  • 2003年、長谷川ゆい作品が大ヒット。一躍、その名を知られる
  • 2004年、『顔騎少女 宮地奈々』が、オレンジ通信年間ベスト作品賞受賞。
  • 2005年、All About「最も活躍したAV監督」に選出される。
  • 2006年、週刊プレイボーイおバカなAV大賞・監督賞受賞。
  • 2007年、「ビデオメイトDXアワード2007、貴方が選ぶAV・オブ・ザ・イヤー」 監督部門に入賞。
  • 2007年、「ザ・ベストオリジナル誌」十周年記念号で特別付録ムービーを制作。 同誌「日本のAV監督」特集のVol.1として登場。
  • 2009年、AV女優兼AV監督の真咲南朋を起用した全八話構成(各話32分)の超大作 「愛していると言えなくて〜真咲南朋 美尻温泉旅行」 が、AVフリーク誌2009年最高金賞作品受賞。
  • 2009年、完全工藤澪オンリーのムック本が発売。
  • 2013年 ジョニー大久保とタッグを組んで『ジョニー工藤』コンビで作品を発表
  • 2015年、ジョニー工藤解消。その後は初期の作風に近い空気感の作品を不定期リリース。
  • 2017年、京都大学学術出版協会『侵犯する身体』(田中雅一 編)に、フェティシズム映像の好例として評論が掲載される
  • 2019年、実験的なVR作品を制作
  • 2020年代〜、AI研究、投資家としてnoteで執筆[要出典]

人物像

  • 1965年生まれ。
  • カンパニー松尾・葵刀樹・工藤澪の3人が揃ったイベントトーク中に出た「松尾は富野由悠季であり、葵刀樹は押井守であり、工藤澪は庵野秀明である」と言われている。
  • 現代のモダンAVアングルの始祖と言われており、直接/間接的に影響下にある作品は多い。
  • 独自のフェチアングル映像を構築。尻フェチジャンルの先駆者と言われる。
  • スチール、編集、デザインや、色々な業務をひとりでこなすというが、mixiやブログにおいては、突然写真家宣言をしたり、引退宣言をしたかと思えば撤回したり、不定期な作品制作であったりと、気まぐれや、奇行が多い。
  • 京都大学学術出版の書籍に取り上げられるなど、日本風俗への文化的貢献が大きい。
  • プレステージより、JI.TSU.RO.KUというレーベルをリリース。
  • 1980年代より投稿者として頭角を現し、それ以来プロに転じてからも叩き上げのR18作家というイメージが強い。フェチ的要素はあくまで副産物で、肉体と人間性を露わにする作風は独特。業界からも一定の距離を置き、ただ我が道を往くというスタンスは特異ともいえる(※ムック『ハメ撮り伝説インタビュー参照』)
  • 活動歴などは、実録出版の項に詳しい。

脚注

  1. ↑ 菅野久美子「工藤澪 「必殺の実録アングル」の生みの親」『アダルト業界のすごいひと』彩図社、2010年5月20日。ISBN 978-4-88392-736-4。
  2. ↑ 地域活動家の小松理虔が主宰するヘキレキ舎・公式お知らせアカウント(2010年4月30日) - 2024年9月28日閲覧。
  3. ↑ AVメーカー「オーロラプロジェクト・アネックス」でお尻が多めの監督&制作の伊達一輝の投稿(2012年3月) - 2024年9月28日閲覧。

関連項目

外部リンク