巨勢親王

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巨勢親王
時代 平安時代初期
生誕 延暦18年(799年)?
薨去 元慶6年8月5日(882年9月20日)
父母 父:平城天皇、母:伊勢継子
兄弟 阿保親王、高岳親王、巨勢親王、上毛野内親王、石上内親王、大原内親王、叡奴内親王
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巨勢親王(こせしんのう)は、平城天皇の第四皇子。

経歴

大同5年(810年)叔父・嵯峨天皇から近江・伊賀両国から各4,000束の稲が贈られている[1]。同年9月の薬子の変により父・平城上皇が出家して同母兄・高岳親王が廃太子されたが、巨勢親王はまだ幼少であったらしく処罰を受けていない。

しかし、父や叔父の崩御後は不遇のままであり、嵯峨天皇の玄孫・陽成天皇の代の元慶6年(882年)8月5日に無品親王のままで薨去。

脚注

  1. ↑ 『日本後紀』大同5年2月29日条