| 常寂光寺 | |
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多宝塔(重要文化財) | |
| 所在地 | 京都府京都市右京区嵯峨小倉山小倉町3 |
| 位置 | 北緯35度1分10.70秒 東経135度40分7.23秒 / 北緯35.0196389度 東経135.6686750度座標: 北緯35度1分10.70秒 東経135度40分7.23秒 / 北緯35.0196389度 東経135.6686750度 |
| 山号 | 小倉山 |
| 宗派 | 日蓮宗 |
| 本尊 | 十界大曼荼羅 |
| 創建年 | 文禄5年(1596年) |
| 開山 | 日禎 |
| 開基 | 延壽院 |
| 札所等 | 洛陽十二支妙見めぐり・酉(西) |
| 文化財 | 多宝塔(重要文化財) |
| 法人番号 | 3130005002059 |
常寂光寺(じょうじゃっこうじ)は、京都市右京区嵯峨小倉山小倉町にある日蓮宗の寺院。山号は小倉山。本尊は十界大曼荼羅。旧本山は、大本山本圀寺(六条門流)。百人一首で詠まれる小倉山の中腹の斜面にあって境内からは嵯峨野を一望でき、境内の庭園には200余本のカエデが植えられており[1]、秋は全山紅葉に包まれる。
平安時代に藤原定家の小倉山荘「時雨亭」があったと伝わる地である。
安土桃山時代末の文禄5年(1596年)に小笠原秀政の母で日野輝資の養女である延壽院が開基となり、日蓮宗大本山本圀寺第16世日禎が隠棲の地として当山を開いた。その常寂光土のような風情から常寂光寺の寺号が付けられたとされる。
歌人でもある日禎に小倉山の麓の土地を寄進したのは角倉了以とその従兄弟の角倉栄可である。境内は第2世日韶(日野輝資の子)の時代に小早川秀秋らの助力を得て、整備が行われた。
『小倉百人一首』の中に詠まれている和歌の中に、宇多法皇が嵯峨・大堰川へ行幸した時、あまりの紅葉の美しさに、「息子の醍醐天皇にも見せたい」と言ったのを、供をしていた藤原忠平が宇多法皇の気持ちを和歌に託して詠んだものがある。小倉山は、歌枕としても有名で、多くの和歌に詠まれている。 [9]
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