平住世
| 時代 | 平安時代前期 |
|---|---|
| 生誕 | 不詳 |
| 死没 | 不詳 |
| 官位 | 従五位上、長門守 |
| 主君 | 清和天皇→陽成天皇→光孝天皇 |
| 氏族 | 桓武平氏 |
| 父母 | 父:正躬王 |
| 兄弟 | 住世、基世、助世、尚世[1] |
経歴
文徳朝末の天安2年(858年)无位から従五位下に直叙。清和朝の貞観4年(862年)平朝臣姓を与えられて臣籍降下し、同年正親正に任官する。貞観8年(866年)肥後介として地方官に転じた。
のち、大判事を務め、陽成朝の元慶3年(879年)従五位上、光孝朝の仁和2年(886年)甲斐守に叙任されている。また、時期は不明ながら長門守も務めた。
官歴
『六国史』による。
脚注
参考文献
- 武田祐吉、佐藤謙三訳『読み下し 日本三代実録』(上下巻)、戎光祥出版、2009年
- 藤原公定 撰『新編纂図本朝尊卑分脈系譜雑類要集 11』吉川弘文館〈故実叢書 第3輯〉、1904年。
- 上田正昭ほか 監修『講談社日本人名大辞典』講談社、2001年。ISBN 4062108496。