平向九十九

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平向 九十九
生誕 1891年3月5日
日本の旗 日本 福島県
死没 (1973-05-26) 1973年5月26日(82歳没)
所属組織  大日本帝国陸軍
軍歴 1912年 - 1945年
最終階級 陸軍少将
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平向 九十九(ひらむき つくも[1]、1891年(明治24年)3月5日[2] - 1973年(昭和48年)5月26日[2])は、大日本帝国陸軍軍人。最終階級は陸軍少将。

経歴

1891年(明治24年)に福島県で生まれた[2]。陸軍士官学校第24期卒業[3]。1939年(昭和14年)3月に陸軍砲兵大佐に進級し[1]、1941年(昭和16年)11月に防空第42連隊長(朝鮮軍・留守第20師団)に就任して京城の防空に任じた[1][3]。

1944年(昭和19年)5月8日に千葉陸軍高射学校附となり[2]、8月1日に陸軍少将に進級した[1]。1945年(昭和20年)5月16日に高射第4師団司令部附を経て[4]、6月5日に第4高射砲隊司令官(第2総軍・第16方面軍・高射第4師団)に就任し[3]、小倉で防空任務を指揮し終戦を迎えた[3]。

1947年(昭和22年)11月28日、公職追放仮指定を受けた[5]。

脚注

  1. 1 2 3 4 外山 1981, 323頁.
  2. 1 2 3 4 福川 2001, 613頁.
  3. 1 2 3 4 福川 2001, 614頁.
  4. ↑ 「第115号 昭和20年5月17日 陸軍異動通報」 アジア歴史資料センター Ref.C12120958900 
  5. ↑ 総理庁官房監査課編『公職追放に関する覚書該当者名簿』日比谷政経会、1949年、「昭和二十二年十一月二十八日 仮指定者」22頁。

参考文献

  • 福川秀樹 編著『日本陸軍将官辞典』芙蓉書房出版、2001年。ISBN 4829502738。 
  • 外山操 編『陸海軍将官人事総覧 陸軍篇』芙蓉書房出版、1981年。ISBN 4829500026。