平尚親

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平尚親
時代 室町時代後期
生誕 不詳
死没 明応5年3月19日(1496年5月2日)
官位 従五位下佐渡守
主君 後土御門天皇
氏族 平氏(山本氏)
子 親資
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平尚親(たいら の ひさちか)は、室町時代後期の官人。山本尚親とも。本姓は平氏とされ、『地下家伝』によると坂上田村麻呂の6世孫・山本荘司坂上頼次の16世孫とされる[1]。

概要

山本氏は近江国甲賀郡出身で、山城国洛北岩倉村の小倉山城を拠点とし、全盛期には丹波国や近江国にまで勢力を伸ばした近江佐々木氏・足利氏の被官である[2]。

『地下家伝』によると、文明4年(1472年)2月8日に従五位下・佐渡守に叙任されている。また、その子孫・山本家正は江戸時代に今出川家の諸大夫となり、幕末まで仕えている[3]。

脚注

注釈

    出典

    1. ↑ 『地下家伝』
    2. ↑ 丸山俊明「『岩倉村文書』に見える岩倉型民家」
    3. ↑ 『地下家伝』

    参考文献

    • 国文学研究資料館「地下家伝・芳賀人名辞典データベース」