平松恵美子

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ひらまつ えみこ
平松 恵美子
生年月日 (1967-04-05) 1967年4月5日(57歳)
出身地 日本の旗 日本 岡山県倉敷市
血液型 O型[1]
職業 映画監督・脚本家
ジャンル 映画・テレビドラマ
活動期間 1993年 -
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平松 恵美子(ひらまつ えみこ、1967年4月5日 - )は、日本の映画監督、脚本家。

岡山県倉敷市出身。岡山大学理学部卒業[2]。山田洋次監督のもとで助監督・共同脚本家を務め、2012年公開の『ひまわりと子犬の7日間』で映画監督としてデビュー。

略歴・人物

岡山大学理学部在学中、自主上映サークル岡山映画鑑賞会で活動。卒業後上京し、印刷工場等でOLを経験する。

『男はつらいよ』シリーズや小津安二郎監督作品などの松竹映画が好きで、新宿ピカデリーで見かけたポスターをきっかけに会社を辞め、1992年、24歳の時に松竹大船撮影所の映画人養成塾「鎌倉映画塾」に第1期生として入塾。2年間にわたって映画製作を学び、山田洋次監督の『学校』(1993年公開)で助監督見習いとして制作現場も初体験、続く『男はつらいよ 寅次郎の縁談』(1993年公開)の現場にも応援で加わる[1][2][3]。卒塾後は松竹大船撮影所の演出部に契約スタッフとして所属し、『男はつらいよ 拝啓車寅次郎様』(1994年公開)で3作連続で山田作品に参加してそのまま山田組に加わることとなる[3]。

1993年、山田洋次監督の元で『学校』の現場に就く。以後、山田作品で助監督を務める。

『学校III』(1998年公開)より脚本執筆のための取材も任されるようになり[1][2][3]、『十五才 学校IV』(2000年公開)を皮切りに、『武士の一分』『母べえ』『おとうと』『東京家族』『小さいおうち』と山田との共同脚本を重ね、山田とともに日本アカデミー賞優秀脚本賞を受賞[1][3]。脚本は、山田の口述を書き留め、山田に迷いや悩みが生じた時に平松が意見が述べてフォローする、対話方式によって作り上げられる[3]。

2012年公開の『ひまわりと子犬の7日間』で監督デビューした。松竹では女優・田中絹代の監督作『お吟さま』(1962年)以来、半世紀ぶりの女性監督となる[4]。

作品

映画

監督作品

脚本・助監督作品

テレビドラマ

受賞歴

脚注

注釈

  1. 1 2 3 山田洋次と共同。

出典

  1. 1 2 3 4 “【クリエイター100選】第94回 平松恵美子(映画監督)”. マイナビニュース. (2013年3月15日) 2018年4月17日閲覧。
  2. 1 2 3 楢崎基弘 (2013年1月1日). “〈1〉懸命な人 真面目に描く◇映画監督 平松恵美子さん◇”. 読売新聞(YOMIURI ONLINE) 2018年4月17日閲覧。
  3. 1 2 3 4 5 坂口さゆり (2014年1月10日). “山田組で学んだことを残すために作り続ける”. 朝日新聞デジタル 2018年4月17日閲覧。
  4. ↑ 壬生智裕 (2012年10月21日). “堺雅人主演作で、山田洋次監督の遺伝子を受け継ぐ女流監督がデビュー!”. シネマトゥデイ 2018年4月17日閲覧。
  5. ↑ 大内啓輔 (2020年8月7日). “吉永小百合、初の医師役! 松坂桃李&広瀬すずら共演『いのちの停車場』”. シネマトゥデイ 2020年9月7日閲覧。
  6. ↑ “第37回日本アカデミー賞優秀作品発表!”. 日本アカデミー賞公式サイト. 2014年1月17日閲覧。
  7. ↑ 第38回日本アカデミー賞最優秀賞発表!、日本アカデミー賞公式サイト、2015年1月16日閲覧。
  8. ↑ “第39回日本アカデミー賞優秀賞決定!”. 日本アカデミー賞公式サイト. 2016年1月18日閲覧。

関連文献

外部リンク