平田大一

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平田(ひらた) 大一(だいいち)
生誕 (1968-11-07) 1968年11月7日(57歳)
日本の旗 日本・沖縄県 八重山郡 竹富町 小浜島
職業 詩人、脚本家、演出家、文化プロデューサー
活動期間 1990年代 -
著名な実績 青少年参加型舞台(現代版組踊)・文化事業の企画運営
代表作 『肝高の阿麻和利』
『鬼鷲〜琉球王尚巴志伝〜』
『ダイナミック琉球』(作詞)
『船よ疾走れ! The HORIZONのテーマ』(作詞)
受賞 沖縄県島おこし奨励賞(1996年)
第42回久留島武彦文化賞(2002年)
琉球新報活動賞(2005年)
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平田 大一(ひらた だいいち、1968年11月7日(57歳)- )は、日本の詩人、脚本家、演出家、文化プロデューサー。沖縄県八重山郡竹富町小浜島出身。青少年参加型舞台(現代版組踊)などの舞台創作や、文化事業の企画・運営に携わってきた[1][2]。

経歴

1968年、沖縄県小浜島に生まれる。

大学生の頃から詩の朗読会等を行い、詩・笛・太鼓・三線・舞などを取り入れた学校公演を行ったとされる[2]

1995年、「小浜島キビ刈援農塾」を発足[2]。

2000年、沖縄県うるま市(旧勝連町)で現代版組踊『肝高の阿麻和利』の舞台を演出した。公式サイトでは、第1回公演(2000年3月)に向けた立ち上げに演出家として関わった旨が記されている[2][3]。

2001年、うるま市公共文化ホール「きむたかホール」初代館長に就任[2]。

2005年、那覇市芸術監督(初代)に就任[2][4]。

2011年4月から2013年3月まで沖縄県文化観光スポーツ部(初代)部長を務めた[2][5][6]。

2013年6月から2017年6月まで公益財団法人沖縄県文化振興会理事長を務めた[4][5]。

役職・公的活動

主な舞台・演出

肝高の阿麻和利

現代版組踊『肝高の阿麻和利』では、2000年の初演に向けた立ち上げに演出家として関わったことが、公式サイトおよび公的プロフィール資料に記されている[2][3]。

鬼鷲〜琉球王尚巴志伝〜

現代版組踊『鬼鷲〜琉球王尚巴志伝〜』では、総合演出としての関与が、公演案内(関連団体)および主催側告知で確認できる[8][9]。

オヤケアカハチ~太陽の乱~

現代版組踊『オヤケアカハチ〜太陽の乱〜』では、平田が脚本を担当したことが報道で確認できる[10]。 2007年の公演報道では、平田が脚本・演出を行ったものとして紹介されている[11]。

国内の主な公的行事(演出等)

沖縄県が公表した報告書には、以下の公的行事における演出等の実績が掲載されている[5]。

海外・国際活動

ハワイの沖縄系コミュニティ向け機関紙(HUOAのニュースレター)では、2015年の公演「Drums of Hope」について、平田が演出(directed)を担った旨が記載されている[12]。

くるちの杜100年プロジェクト

平田は、三線の棹材となるくるち(琉球黒檀)の植樹・育林を通じて三線文化の継承を目指す「くるちの杜100年プロジェクト in 読谷」において、筆頭賛同人を務めている。沖縄県三線製作事業協同組合によると、同プロジェクトは2012年に設立され、名誉会長は宮沢和史、会長は読谷村長、筆頭賛同人は平田大一で、協力団体には沖縄県三線製作事業協同組合や沖縄県立芸術大学などが参加している。[13]

プロジェクトの発足に際し、平田はその立ち上げに関与した。サントリー文化財団によると、2012年、宮沢和史が「沖縄に恩返しをするためにくるちの植林を始めたい」と平田に相談したことが契機の一つとなった。読谷村は、三線の始祖として崇められる赤犬子ゆかりの地であり、過去にくるち植林の実績もあった。こうした条件も踏まえ、両氏の呼びかけに読谷村、地元の商工会・観光協会・文化協会、古典音楽各会派の長、沖縄県三線製作事業協同組合などが応え、「くるちの杜100年プロジェクト in 読谷」が発足したとされる。読谷村広報も、同プロジェクトについて、沖縄の伝統楽器三線に欠かせないくるちの植樹を推進する活動であり、沖縄戦で多くが失われ、成木までに100年を要することから、宮沢和史や平田大一の提案で、読谷村や三線製作関係者が協力して実行委員会を発足したと説明している。[14][15]

平田自身は、2022年の沖縄テレビの取材に対し、読谷村で2008年から始まっていた「くるちの杜」の取り組みを引き継ぐ形で、2012年から「くるちの杜100年プロジェクト in 読谷」を実行委員会形式にし、全県レベルの取り組みに展開してきたと説明している。[16]

平田は筆頭賛同人として理念面に加え、運営面にも関わってきた。沖縄県三線製作事業協同組合の勉強会報告では、平田は筆頭賛同人として、くるちの杜の成り立ち、日頃の運営、読谷村の協力などについて説明した人物として記録されている。また、沖縄県のSDGs専門部会の議事概要では、平田自身が「くるちの杜100年プロジェクト in 読谷」の事務局をしていると述べている。[17][18]

同プロジェクトの活動は、植樹や育樹に限定されない。サントリー文化財団によると、年1回の植樹祭・育樹祭に加え、琉球古典音楽、沖縄民謡、ポップス、ロックのプロとアマチュアの三線奏者が出演する「くるちの杜音楽祭」、くるちと三線に関するシンポジウム、ワークショップなどが行われている。この運動に対する理解者・協力者を広げ、これまでに約3000本のくるちを植えてきたとされる。読谷村広報およびOTVも、月例作業や育樹祭、音楽祭を伴う長期的な取り組みであることを伝えている。[14][15][16]

教育普及の面でも、平田は前面に立ってきた。2014年の読谷村広報では、「平田大一×宮沢和史」による「お出かけくるちの杜講座」が小中学校を巡回して行われたことや、「くるちの杜100年シンポジウム」が開催されたことが紹介されている。サントリー文化財団も、宮沢や平田が地元の小中学校、高校に出向き、今の子どもたちの子どもの世代にこの活動が引き継がれるよう呼びかけていることを記している。これらの活動から、くるちの杜が植林に加え、次世代への文化継承や教育普及を伴う形で展開していたことが確認できる。[19][14]

また、大学や研究者との連携も進められてきた。サントリー文化財団は、くるちの研究者がいる琉球大学や、琉球古典音楽を教える沖縄県立芸術大学とも連携し、育樹の知識や三線文化の継承・発展の道を探っていると紹介している。[14]

平田は、この活動を平和や地域の歴史とも結びつけて語っている。2024年の琉球新報によると、平田は「先の大戦で県内は焦土と化し、くるち材も枯渇した。100年後、くるちの杜の三線が音色を奏でることは、平和な100年であったことを意味する」と述べた。さらに、沖縄戦で米軍が上陸した地であり、赤犬子ゆかりの読谷村でこの事業に取り組む意味にも言及している。[20]

平田は、くるちの杜について、文化継承や地域づくりの文脈でも発言している。2022年には多良間中学校で行われた沖縄文化継承・次世代普及事業に宮沢和史とともに参加し、「次の世代に引き継ぎたいこの島の宝モノ~くるちと三線と未来の話~」をテーマに、生徒へ島の文化や未来について語った。2023年には那覇市で開かれたSDGsシンポジウムで「くるちの杜100年プロジェクト―読谷におけるSDGs」をテーマに報告している。[21][22]

2018年には、「くるちの杜100年プロジェクト in 読谷」が第40回サントリー地域文化賞を受賞した。サントリー文化財団は、月1回の草刈りに読谷村だけでなく県内各地、県外、海外からもボランティアが集まっていること、読谷村から始まったこの取り組みを将来的には沖縄県全域へ広げていく計画も進んでいることを紹介している。平田は、発足後も運営や教育普及、対外発信に関わっている。[14]

唄方プロジェクト

平田は、沖縄民謡の記録と伝承を目的とする「唄方プロジェクト」の代表として、その立ち上げと継続的な展開に関わった。 琉球新報によると、同プロジェクトは、宮沢和史が4年以上かけて沖縄県内各地の唄い手を訪ねて録音・記録した民謡245曲を収録する17枚組CDボックス『沖縄/宮古/八重山民謡大全集 1(唄方-うたかた)』の制作にあたり、制作費の増大を受けて寄付を募るために立ち上げられた。[23]

同プロジェクトは2016年のCDボックス完成後も継続し、2022年には解説書と歌詞改訂版の制作および追加寄贈が進められた。報道では、国内外の県人会や県内の図書館、学校など約600カ所への寄贈実績が示されている。[24]

2023年には沖縄県立図書館で「唄方プロジェクト」展示が行われ、平田と宮沢和史による対談イベントも開催された。[25][26]

音楽作品(作詞等)

著書

公的プロフィール資料では、以下の著書が挙げられている[2]。

  • 『南島詩人』(冨多喜創、1994年)
  • 『キムタカ!〜舞台が元気を運んでくる』(アスペクト、2008年)
  • 『前略 南ぬシマジマ』(ボーダーインク、2016年)

受賞

公的プロフィール資料では、以下の受賞歴が挙げられている[2]。

  • 沖縄県島おこし奨励賞(1996年)
  • 第42回久留島武彦文化賞(2002年)
  • 琉球新報活動賞(2005年)

脚注

  1. ↑ “平田大一|プロフィール”. 2026年1月12日閲覧。
  2. 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 “平田大一(ひらた だいいち)氏 プロフィール”. 2026年1月12日閲覧。
  3. 1 2 “現代版組踊「肝高の阿麻和利」とは”. 2026年1月12日閲覧。
  4. 1 2 3 “平田大一氏との業務提携(プロフィール/経歴)”. 2026年1月12日閲覧。
  5. 1 2 3 4 5 6 7 8 “(沖縄県公表資料)報告書(抜粋:平田大一の経歴・実績)”. 2026年1月12日閲覧。
  6. ↑ “平成23年(2011年) 第 5回 沖縄県議会(定例会) 第 2号 6月29日 文化観光スポーツ部長(平田大一)”. www2.pref.okinawa.jp. 沖縄県議会 (2026年3月29日). 2026年3月28日閲覧。
  7. ↑ “文化審議会文化政策部会(資料:委員名簿等)”. 2026年1月12日閲覧。
  8. ↑ “現代版組踊「鬼鷲〜琉球王尚巴志伝〜」公演情報”. 2026年1月12日閲覧。
  9. ↑ “【舞台手話通訳つき】現代版組踊「鬼鷲〜琉球王尚巴志伝」公演ご案内”. 2026年1月12日閲覧。
  10. ↑ “「現代版組踊オヤケアカハチ~太陽の乱~」 ウイングキッズリーダーズが石垣島で熱演”. 石垣経済新聞 (2020年1月8日). 2026年1月30日閲覧。
  11. ↑ “八重山の豪族を題材にした組踊-リーダー養成講座の子どもたちが熱演”. 石垣経済新聞 (2007年12月28日). 2026年1月30日閲覧。
  12. ↑ “Uchinanchu (May/June 2015) – Drums of Hope(HUOA Newsletter)” (英語). 2026年1月12日閲覧。
  13. ↑ “植林・造林事業”. 沖縄県三線製作事業協同組合. 2026年4月20日閲覧。
  14. 1 2 3 4 5 “くるちの杜100年プロジェクトin 読谷”. サントリー文化財団. 2026年4月20日閲覧。
  15. 1 2 “広報よみたん 2024年10月号”. 読谷村 (2024年10月1日). 2026年4月20日閲覧。
  16. 1 2 “三線の音色を未来へ繋ぐために くるちの杜100年プロジェクト”. OKITIVE (2022年10月13日). 2026年4月20日閲覧。
  17. ↑ “「おきなわの未来の三線文化」創造拠点創出事業 くるちの杜勉強会のご報告”. 沖縄県三線製作事業協同組合. 2026年4月20日閲覧。
  18. ↑ “令和4年度 第1回 沖縄県SDGs専門部会 Partnership議事概要”. 沖縄県 (2023年1月27日). 2026年4月20日閲覧。
  19. ↑ “広報よみたん 2014年12月号”. 読谷村 (2014年12月1日). 2026年4月20日閲覧。
  20. ↑ “「100年後、ここの木で三線を」読谷・くるちの杜で音楽祭、10月14日開催 宮沢和史さんら出演 沖縄”. 琉球新報デジタル (2024年9月25日). 2026年4月20日閲覧。
  21. ↑ “宮沢和史さん、平田大一さんが語り歌う「島の宝物」 多良間中学校の生徒にメッセージ”. 琉球新報デジタル (2022年8月5日). 2026年4月20日閲覧。
  22. ↑ “地域づくりの取り組みを報告 那覇でSDGsシンポジウム”. 琉球新報デジタル (2023年2月26日). 2026年4月20日閲覧。
  23. ↑ “音の教科書活用を 県内全高校に宮沢さんCDボックス”. 琉球新報デジタル (2017年2月24日). 2026年4月21日閲覧。
  24. ↑ “民謡245曲の解説書を寄贈へ 第2期の支援呼び掛け”. 琉球新報デジタル (2022年6月24日). 2026年4月21日閲覧。
  25. ↑ “【館内展示】唄方プロジェクト展示のお知らせ”. 沖縄県立図書館. 2026年4月21日閲覧。
  26. ↑ “沖縄民謡を未来に残すには 宮沢和史さんと平田大一さん対談”. 琉球新報デジタル (2023年4月26日). 2026年4月21日閲覧。
  27. ↑ 「沖縄県うるま市の中高生がつくる奇跡の舞台~肝高の阿麻和利」『佼成新聞デジタル』2018年9月29日。2026年1月12日閲覧。
  28. ↑ “作品愛されて幸せ 「ダイナミック琉球」作詞の平田大一さん 独唱のこつも助言”. 沖縄タイムス+プラス (2018年8月20日). 2026年3月28日閲覧。
  29. ↑ “グスージサビラ~いのちのまつりの歌詞 | 生熊朗”. オリコンニュース(ORICON NEWS). 2026年1月20日閲覧。
  30. ↑ “創立70周年を記念してイメージソング”. 2026年1月12日閲覧。
  31. ↑ 「「船よ疾走れ!」琉球海運が70周年ソング 「ダイナミック琉球」コンビが担当」『琉球新報』2020年11月14日。2026年1月12日閲覧。
  32. ↑ “「こころの風/イクマあきら」の歌詞 って「イイネ!」”. www.uta-net.com. 2026年2月22日閲覧。
  33. ↑ “シンカヌチャー(THE BOOM ver.)の歌詞 | THE BOOM”. オリコンニュース(ORICON NEWS). 2026年1月20日閲覧。
  34. ↑ “宮沢和史”. miyazawa-kazufumi.jp (2026年4月21日). 2026年4月21日閲覧。
  35. ↑ “宮沢和史+DIAMANTES+シンカヌチャー”. www.highwave.co.jp. 2026年4月21日閲覧。
  36. ↑ “「ミルクムナリ」(日出克作曲)のタイトルの意味を知りたい。”. レファレンス協同データベース. 2026年2月28日閲覧。
  37. ↑ “「風の道/DIAMANTES」の歌詞 って「イイネ!」”. www.uta-net.com. 2026年2月22日閲覧。
  38. ↑ “風の道/DIAMANTES 歌詞”. j-lyric.net. 2026年2月22日閲覧。
  39. ↑ “「道標の詩/成底ゆう子」の歌詞 って「イイネ!」”. www.uta-net.com. 2026年2月22日閲覧。