広島市立舟入高等学校
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| 広島市立舟入高等学校 | |
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北緯34度22分45.3秒 東経132度26分24.9秒 / 北緯34.379250度 東経132.440250度座標: 北緯34度22分45.3秒 東経132度26分24.9秒 / 北緯34.379250度 東経132.440250度 | |
| 過去の名称 |
広島市立第一高等女学校 広島市二葉高等学校 広島県広島舟入高等学校 |
| 国公私立の別 | 公立学校 |
| 設置者 |
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| 学区 |
(国際コミュニケーションコース)全県学区 (普通コース)広島市域 |
| 校訓 | おのれに徹して人のために生きよう |
| 設立年月日 | 1921年 |
| 共学・別学 | 男女共学 |
| 課程 | 全日制課程 |
| 単位制・学年制 | 学年制 |
| 設置学科 | 普通科 |
| 学科内専門コース | 国際コミュニケーションコース |
| 学校コード | D134210000818 |
| 高校コード | 34173J |
| 所在地 |
〒730-0847 広島県広島市中区舟入南1-4-4 |
| 外部リンク | 広島市立舟入高等学校 |
概要
1921年(大正10年)、広島市高等女学校(通称:市女"いちじょ")として開校[2]。
2004年度からスーパーイングリッシュランゲージハイスクール (SELHi) に指定されていた[2]。
学校独自の伝統として、3F精神(ファイト・フェアー・ファイン)・舟入高校体操[3]・アルルの女を流そう・組体操・なわとびなどがある。
制服の白シャツとセーターの左腕上部に舟入高校の3F精神を表す “fff“の刺繍が施されており、女子生徒のスカートの左下にも“fff“の刺繍がある。
体育祭では、1年生全員が舟入高校体操を披露し、3年生全員が自前の浴衣を着て盆踊りをする伝統がある。
校訓
舟入:おのれに徹して人のために生きよう
市女:揺籃を動かす手が世界を動かす
校章
他の市内6校が校樹をモチーフにしているのに対し、本校は「舟」をモチーフにしている。これは、生徒たちによってデザインされたものである。同様に、校旗のデザインも生徒の手によって行われた。
校樹
アカシヤの木
校歌
1番が「アカシヤに光あり」で始まり、2番が「アカシヤに望みあり」で始まる。
校則
遅刻者ゼロの日は、校内放送でアルルの女が流されるという伝統がある。
2007年に携帯電話の持ち込みが許可された。しかし、校内では電源を切ってロッカーにしまうことになっている。
講堂【アカシヤホール】
出典 : [4]
舟入高校の特徴は創立時から講堂があることである。
アカシヤホールは、西日本の公立高校で最大にして唯一の専用コンサートホールであるとされる[要出典]。スタンウェイの象牙鍵盤グランドピアノを完備し、入学式、卒業式、文化祭、合唱祭、講演会、定期演奏会、朝会、始業式、終業式などの行事で使用されている。
食堂
一階には食堂がある。
沿革
- 1921年 広島市高等女学校として設立される。
- 市女の初代校長である今堀友市は、当時の女学校教育が「良妻賢母」を育てるという美名のもとに内容が乏しい教育であることに憤り、「真の人間教育」を目指して教育改革を行い実践した。
- 市女の教育方針は、自由の教育観による人間教育、音楽を通じての情操教育、健康管理と体力作りの各スポーツ推進であった。[5]
- モダンな西洋風の校舎と大正デモクラシーの自由な空気のもと、当時としては珍しく水泳の授業があり、また、創立時から西洋の音楽教育に力を入れ、レコード鑑賞や合唱が盛んな華やかな校風で知られていた。当時、国内トップレベルの管弦楽隊だった呉の海軍軍楽隊が伴奏に訪れ、年に一度、演奏会も行っていた。[6][7][8]
- 1937年 ヘレン・ケラー女史来校[9]。
- 1943年 広島市立第一高等女学校に改称
- 1945年 原爆により教師・生徒合わせて676名が死亡。爆心地近くでの建物疎開作業中に被爆し、市内の学校の中で最多の犠牲者数となった。また、犠牲となった生徒も1、2年生のほぼ全員だったとされる。
- 1948年 学制改革により広島市二葉高等学校に改称
- 1949年 学校再編成により広島県広島舟入高等学校に再度改称。同時に男女共学の学校になる
交通
校舎
原子爆弾/慰霊碑

広島への原爆投下に於いて、広島市立第一高等女学校が広島の学校で最多の犠牲者数を出している[12]。原爆投下から3年後の昭和23年(1948年)に父兄により建立された「市立高女慰霊碑」は、広島の学校に於いて最初の原爆慰霊碑であった。
慰霊碑にて中央の少女が抱えている箱には「E=mc2」の公式が刻まれている。これは建立当時(1948年)の占領軍の報道規制により、『原爆』の文字が使えなかったためで、原爆の字の代わりにこの公式を刻んだとされる[12]。
学校行事
- 4月
- 入学式
- 健康診断・体力テスト
- 遠足
- 5月
- 6月
- 舟入祭
- 7月
- 8月
- カナダ・韓国短期留学
- 9月
- 体育祭
- 10月
- 普通・国際コース修学旅行
- 11月
- 12月
- 合唱祭
- 1月
- 2月
- 3月
- 球技大会
- 卒業式
国際コミュニケーションコース
通称FICC(Funairi International Communication Course)。国際コミュニケーションコースは1998年に設置された英語教育に特化したコースである。あくまで普通科なので英語を除く教科を疎かにすることなく履修可能である。海外の語学研修も実施されている[2]。
部活動
体育系
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文化系
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姉妹校
- 大邱外国語高等学校(韓国)
- バルトルディ高等学校(フランス)
- ヴィルヘルムラーベ高等学校(ドイツ)
- 長崎県立長崎東高等学校(提携校として)
著名な出身者
サッカー
陸上競技
文化
芸能
アナウンサー
その他
関連項目
外部リンク
脚注
- ↑ “舟入高等学校”. 広島市公式ウェブサイト. 2026年3月25日閲覧。
- 1 2 3 4 “学校概要”. 広島市立舟入高等学校. 2026年3月25日閲覧。
- ↑ “舟入高校体操”. www.funairi-h.edu.city.hiroshima.jp. 広島市立舟入高等学校. 2024年2月22日閲覧。
- ↑ “校内の紹介”. www.funairi-h.edu.city.hiroshima.jp. 広島市立舟入高等学校. 2024年2月22日閲覧。
- 1 2 『特集 市女100周年』広島市高等女学校 広島市立舟入高等学校 同窓会会報 あかしや2021、2021年。
- ↑ “平和を奏でる明子さんのピアノ 第2部 日記は語る <3> 戦争の影”. 中国新聞ヒロシマ平和メディアセンター. 2020年6月22日閲覧。
- ↑ “[ヒロシマの空白 被爆76年] 「労働力」 生徒を積極提供”. 中国新聞ヒロシマ平和メディアセンター. 2021年7月19日閲覧。
- ↑ “流燈” (PDF). 国立広島原爆死没者追悼平和祈念館 (2019年). 2025年10月14日閲覧。
- ↑ 『会誌『あかしや』51号』(レポート)2021年、15頁。2024年5月1日閲覧。
- ↑ アクセス | 広島市立舟入高等学校
- ↑ “広島市立 舟入高等学校 - 株式会社村田相互設計”. muratasekkei.co.jp. 2019年8月20日閲覧。
- 1 2 “広島市立第一高等女学校”. 中国新聞ヒロシマ平和メディアセンター. 2026年3月25日閲覧。
