庄下村

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しょうげむら
庄下村
廃止日 1952年4月1日
廃止理由 新設合併
出町、油田村、中野村、庄下村、五鹿屋村、林村 → 砺波町
現在の自治体 砺波市
廃止時点のデータ
国 日本の旗 日本
地方 中部地方(北陸地方)
都道府県 富山県
郡 東礪波郡
市町村コード なし(導入前に廃止)
面積 3.62[1] km2.
総人口 1,322[2]人
(1938年(昭和13年)末[2])
隣接自治体 油田村、南般若村、太田村、中野村、五鹿屋村、出町
庄下村役場
所在地 富山県東礪波郡庄下村大字矢木[3]
座標 北緯36度38分24秒 東経136度58分12秒 / 北緯36.64006度 東経136.97度 / 36.64006; 136.97座標: 北緯36度38分24秒 東経136度58分12秒 / 北緯36.64006度 東経136.97度 / 36.64006; 136.97
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庄下村(しょうげむら)は、かつて富山県東礪波郡にあった村。現在の砺波市庄下地区で、地区内には大門素麺の生産で名高い大門集落がある。

村名は十村組の庄下組(庄川の下ということで近世に作られた俗称と思われる)に属していたことが直接の由来となっている[3]。

沿革

  • 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制の施行により、礪波郡庄下舘村、庄下新村、矢木(やぎ)村、大門(おおかど)村、大門新村、坪内(つぼのうち)村、高道(たかんど)村及び宮村(みやむら、現在の住所も砺波市宮村)の区域をもって、礪波郡庄下村が発足する。
  • 1896年(明治29年)3月29日 - 郡制の施行のため、礪波郡が分割して、東礪波郡が発足により、東礪波郡に所属となる。
  • 1913年(大正2年) - 大字大門新が大字大門に合併[3]。
  • 1952年(昭和27年)4月1日 - 東礪波郡出町、油田村、中野村、庄下村、五鹿屋村及び林村が合併して、東礪波郡砺波町が発足する。

参考文献

脚注

  1. ↑ 『富山県町村合併誌 上巻』(1961年9月1日、富山県発行)266頁。
  2. 1 2 『富山県町村合併誌 上巻』(1961年9月1日、富山県発行)253、266頁。
  3. 1 2 3 『角川日本地名大辞典 16 富山県』(1979年10月8日、角川書店発行)436ページ

関連項目