張藐

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張 藐[1](ちょう ばく)は、中国三国時代の魏の人物。皇帝曹芳の舅である張緝の子。本貫は司隸左馮翊高陵県。

事績

嘉平6年(254年)、父の張緝は夏侯玄・李豊と共に、専横を極める司馬師を排除するクーデターを計画し、張藐も張緝・李豊間の連絡役という形でこれに参画していた。

しかし同年2月に陰謀は露呈[2]。張緝は獄中で死を賜り、張藐も同時に処刑された。

出典

脚注

  1. ↑ 『三国志』魏書 夏侯尚伝付 夏侯玄伝注の『魏書』では張邈と表記。
  2. ↑ 『三国志』夏侯尚伝付 夏侯玄伝