
明治時代に京都市三大事業の一環として路面電車敷設と同時に街路建設を行う際、四条大宮以南の大宮通りを拡張、その連絡道路として斜めに道路を建設、1912年(明治45年)6月11日、京都市電気軌道事務所(後の京都市交通局)発足及び千本線、大宮線を開通させ運行を開始した。1928年(昭和3年)の京都市告示第252号による路線名改称時までは車庫前通と呼ばれていたが、これ以降に後院通となった。
また、この通りの沿線に京都市交通局本局庁舎が設置されていた(サンサ右京への庁舎移転後、規模を縮小して壬生操車場となり、縮小した分は京都府警察本部中京警察署となった。)
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