志村天目

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志村 益之
時代 江戸時代
生誕 延享3年(1746年)
死没 文化14年1月12日(1817年2月27日)
別名 名:益之、号:天目、青玉園、字:子謙、通称:礼助(禮助)
官位 贈従五位
氏族 志村氏
兄弟 志村天目、古屋蜂城
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志村 天目(しむら てんもく)は、江戸時代の垂加流神道系統の心学者。名は益之(ますゆき)。

概要

加賀美光章に朱子学と神道を学ぶ。手島堵庵に心学を学ぶ。書、篆刻、俳諧にもすぐれる。故郷の甲斐で心学をもととした教育にあたった。崎門学派の儒者である古屋蜂城の長兄。

大正13年(1924年)、従五位を追贈された[1]。

脚注

  1. ↑ 田尻佐 編『贈位諸賢伝 増補版 上』(近藤出版社、1975年)特旨贈位年表 p.54

関連項目