| 慶瑞寺 | |
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| 所在地 | 大阪府高槻市昭和台町2-25-12 |
| 位置 | 北緯34度49分37.8秒 東経135度35分14.0秒 / 北緯34.827167度 東経135.587222度座標: 北緯34度49分37.8秒 東経135度35分14.0秒 / 北緯34.827167度 東経135.587222度 |
| 山号 | 祥雲山 |
| 宗旨 | 黄檗宗 |
| 本尊 | 観世音菩薩 |
| 創建年 | (伝)持統天皇8年(694年) |
| 開基 | (伝)道昭 |
| 中興年 | 寛文元年(1661年) |
| 中興 | 龍渓性潜 |
| 文化財 | 木造菩薩坐像(重要文化財) |
| 法人番号 | 5120905002074 |
寺伝によれば、持統天皇8年(694年)に、僧道昭が創建したという。当初は法相宗に属して、景瑞寺と呼ばれていたと伝えられている。
江戸時代初期には荒廃し、寺ではなく景瑞庵と呼ばれるまでになっていたが、寛文元年(1661年)頃、隠元隆琦の弟子であり、黄檗宗大本山である萬福寺創建に尽力したことでも知られる普門寺の僧、龍渓性潜が入山して寺号を慶瑞寺と改め再興した。
江戸時代には、寛政10年(1799年)に発行された『摂津名所図会』で、萬福寺の末寺として栄えた慶瑞寺が観光名所として紹介されている。

後水尾法皇は、自筆の勅書を与えるなど龍溪への信頼が特に厚かった。また法皇は龍溪の指導により禅悟の域に達し、大宗正統禅師の号を賜った。その龍渓の晩年の居所でもあるこの地には、後水尾法皇の歯や仏舎利を納めた聖歯塔が建っている。
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