我妻建治

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我妻 建治(あがつま けんじ、1933年2月11日[1] - 2022年10月25日)は、日本の歴史学者。第9代学校法人成城学園学園長、第13代成城大学学長、成城大学名誉教授。白石城調査指導委員会委員長、NHK放送研修センター評議員等も務めた。

人物・経歴

宮城県白石市生まれ。我妻家は武家の出として地元白石では名家として知られる。 宮城県白石高等学校を経て、東北大学卒業[2][3]。1982年『神皇正統記論考』で東北大学文学博士の学位を取得[4]。

成城大学文芸学部教授、成城大学民俗学研究所主事[5]、成城大学文芸学部長等を経て[6]、2001年から2007年まで第13代成城大学学長[7]、2003年から2007年まで学校法人成城学園学園長[8]。白石城調査指導委員会委員長や[9]、財団法人NHK放送研修センター評議員等も務めた[10]。2008年秋の叙勲で瑞宝中綬章受章[11]。

ゼミでは『花園天皇宸記』の輪読を行った。タバコを吸いながらの授業、学生を「バカ」よばわりする言動など、自由で風潮で知られ、自身のルーツが白石に都落ちした姫君の護衛にあたる家柄であることを誇りに思っていた。

2022年10月25日、慢性腎不全のため死去。89歳没[12]。

著書

脚注