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小樽市内に保存されている手宮線の線路 (2012年6月) | |
| 概要 | |
| 現況 | 廃止 |
| 起終点 |
起点:南小樽駅 終点:手宮駅 |
| 駅数 | 2駅(廃止時) |
| 運営 | |
| 開業 | 1880年11月28日 |
| 旅客営業廃止 | 1962年5月14日 |
| 廃止 | 1985年11月5日 |
| 所有者 | 官営幌内鉄道→北海道炭礦鉄道→鉄道作業局→帝国鉄道庁→鉄道院→鉄道省→運輸通信省→運輸省→日本国有鉄道(国鉄) |
| 路線諸元 | |
| 路線総延長 | 2.8 km (1.7 mi) |
| 軌間 | 1,067 mm (3 ft 6 in) |
| 電化 | 全線非電化 |
| 停車場・施設・接続路線(廃止当時) | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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手宮線(てみやせん)は、北海道(後志支庁)小樽市の南小樽駅から手宮駅を結んでいた、日本国有鉄道(国鉄)の鉄道路線(貨物線)である。北海道で最初の鉄道(官営幌内鉄道)開業区間の一部で[1]、石炭や海産物の積み出しで賑わったが、1985年(昭和60年)11月5日に廃止となった[新聞 1]。
旧手宮鉄道施設(現・小樽市総合博物館本館)は国指定の重要文化財[1]、線路は保存されて日本遺産「炭鉄港」の一部となっているほか、散策イベントや観光にも利用されている[新聞 2](後述)。
北海道では最初の鉄道[注釈 1]である官営幌内鉄道(手宮駅 - 札幌駅 - 幌内駅)の一部として1880年(明治13年)11月28日に開通した。官営幌内鉄道は1889年(明治22年)12月11日に北海道炭礦鉄道に譲渡された後、鉄道国有法によって1906年(明治39年)10月1日に買収、国有化された。
1958年(昭和33年)に旅客列車の気動車化を実施し、1959年(昭和34年)9月22日のダイヤ改正時点では9往復が運行されていた。利用客減少のため、1961年(昭和36年)10月1日のダイヤ改正(サンロクトオ)で旅客列車は蒸気機関車牽引の客車列車2往復のみとなり、翌1962年(昭和37年)5月14日を最後に旅客営業が廃止された[新聞 3]。
その後も貨物輸送は続けられたが、輸送量の減少により1985年(昭和60年)8月下旬から貨物列車の運行がなくなり、同年11月3日・4日にさよなら運転として臨時列車「さよなら手宮線手宮号」が運行され、翌日付で廃止された[新聞 1]。
その後、廃線後ではあるが線路が函館本線とつながったままであることを活かし、手宮駅跡に開館した当時の北海道鉄道記念館(現在の小樽市総合博物館)に静態保存されていた蒸気機関車C62 3を復活のため引き出した時に、配給列車として列車が運転された実績がある。
| 駅名 | 駅間 営業 キロ |
累計 営業 キロ |
接続路線・備考 | 所在地 |
|---|---|---|---|---|
| 南小樽駅 | - | 0.0 | 日本国有鉄道:函館本線 | 小樽市 |
| 色内仮乗降場 | - | (1.1) | 1962年(昭和37年)5月15日廃止 | |
| 手宮駅 | 2.8 | 2.8 | 北海道炭礦鉄道:北海道炭礦鉄道(貨物線)※桟橋方面 |
| 駅名 | 駅間 営業 キロ |
累計 営業 キロ |
接続路線 | 所在地 |
|---|---|---|---|---|
| 手宮駅 | - | 0.0 | 北海道炭礦鉄道:北海道炭礦鉄道 ※南小樽方面 | 小樽区 |
| (貨)桟橋駅 | 0.7 | 0.7 |
1985年3月14日、国鉄の営業路線で当時最短だった小松島線 (1.9 km) が廃止されたことで、当路線が国鉄の最短営業路線となったが、8か月後に当路線も廃止となった。当路線の廃止後は、新湊線(当時3.6 km)が最短となり、国鉄分割民営化を迎えている[注釈 4]。
なお、旅客営業を行う路線では、小松島線廃止後は香月線(3.5 km、1985年4月1日廃止)→桜島線(当時4.0 km)と変遷した。
現在、廃線跡のほとんどが保存されている。踏切も残っており、踏切での一時停止不要を知らせる看板もある。小樽市は廃線跡のうち、約1.6 kmを線路や遮断機などの遺構を残しながら歩きやすく舗装し、散策路として整備している。寿司屋通りから中央通りまでの510mは、2001年(平成13年)度に用地をJR北海道から取得し、同年度中に完成した。その後、中央通りから小樽市総合博物館(鉄道・科学・歴史館)までの約1,160 mについても2006年(平成18年)度に用地を取得し、2013年(平成25年)度から4年間の計画で整備され、2016年(平成28年)10月までに最後の147 m の工事が完成し、同年11月6日に開通記念式典を行った[新聞 4]。小樽市総合博物館は手宮駅跡を本館(鉄道・科学・歴史館)として活用している[新聞 4]ほか、かつて手宮線で使われていた蒸気機関車 (SL) や日本銀行の現金輸送車を展示している[8]。また、手宮線をLRTとして復活する提案が地元の「小樽まちづくり協議会」を中心になされている。
2019年(令和元年)には、手宮線の散策路整備が、小樽がらす市や小樽雪あかりの路などイベントにも活用され、小樽らしい景観づくりに繋がっていると評価されたことで、第23回都市景観賞を受賞した[新聞 5][9]。
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