■指扇領別所 | |
|---|---|
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| 北緯35度55分18.77秒 東経139度33分53.31秒 / 北緯35.9218806度 東経139.5648083度 | |
| 国 |
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| 都道府県 |
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| 市町村 |
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| 区 | 西区 |
| 地域 |
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| 人口 | |
| • 合計 | 2,728人 |
| 等時帯 | UTC+9 (日本標準時) |
| 郵便番号 |
331-0073[2] |
| 市外局番 | 048[3] |
| ナンバープレート | 大宮 |
埼玉県東部、さいたま市西区北部の大宮台地上に位置する。町域の周囲を荒川や滝沼川周辺の沖積平野やそこから伸びる開析谷が取り巻いている[4]。川越市と西区との市境付近に入会地の名残の飛び地が二ヶ所存在する。地区の南側(字滝沼)は市街化区域、それ以外は市街化調整区域[5]であるが、指扇駅からも近く、市街化調整区域であっても農地は少なく、地区の西側では国道16号西大宮バイパス付近は低地が埋め立てられ戸建住宅が整然と並ぶ[4]。市街化区域内には住宅地が広がるが、「指扇53号生産緑地地区」[5]と称される生産緑地地区も存在する。
住宅地の地価は2019年(平成31年)1月1日の公示地価によれば大字指扇領別所字滝沼304-2の地点で13万2000円/m2となっている[6]。
もとは江戸期より存在した武蔵国足立郡指扇領に属する別所村であった。江戸初期に指扇村より分村された[7][8]。村高は正保年間の『武蔵田園簿』では72石(田50石余、畑22石余)、『元禄郷帳』や『天保郷帳』によると79石余であった。助郷は中山道上尾宿に出役していた。化政期の戸数は16軒で、村の規模は東西2町余、南北1町半であった[7][8]。荒川に下谷原入会地を領していた。また、宝来村や入間郡古谷上村(現川越市古谷上)に飛地があった[7]。
2017年(平成29年)9月1日現在の世帯数と人口は以下の通りである[1]。
| 大字 | 世帯数 | 人口 |
|---|---|---|
| 指扇領別所 | 1,276世帯 | 2,728人 |
市立小・中学校に通う場合、学区(校区)は以下の通りとなる[13]。
| 番地 | 小学校 | 中学校 |
|---|---|---|
| 全域 | さいたま市立指扇小学校 | さいたま市立指扇中学校 |
地区内に鉄道は敷設されていない。最寄り駅は川越線指扇駅で、大字指扇領別所字滝沼304-2の地点よりおよそ400 m[6]離れている。
地区内には路線バスが無く、さいたま市のコミュニティバスおよび乗合タクシーを運行している。以前は東武バスウエスト上尾営業所および大宮営業事務所の「指扇別所」停留所が設置されていたが[14]、指扇駅北口の開設に伴いバス路線の経由地から外れた。
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