斎藤さと美

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川﨑 さと美
個人情報
生誕名斎藤 さと美
フルネームSatomi Kawasaki
国籍日本の旗 日本
生誕 (1973-05-01) 1973年5月1日(51歳)
京都府宇治市
(福井県大野市生まれ)
スポーツ
国日本の旗 日本
競技ウェイトリフティング
種目女子
大学チーム日本体育大学
獲得メダル
日本の旗 日本
女子 ウエイトリフティング
世界選手権
銀1990 サラエボ44kg級
銅1993 メルボルン46kg級
アジア競技大会
銀1990 北京44kg級

斎藤 さと美(さいとう さとみ、現姓:川﨑、1973年5月1日 - )は、日本の元ウエイトリフティング選手。

来歴

福井県大野市生まれ、京都府宇治市出身[1]。

中学では陸上選手だったが、城南高校進学後にウエイトリフティングを始める[1]。

1989年、世界選手権に初出場し、競技を始めて間もないにもかかわらず4位入賞を果たす[1]。1990年には全国女子選手権で優勝し、世界選手権でも銀メダルを獲得[2]。アジア競技大会でも1990年に銀メダルを獲得した[2]。

日本体育大学進学後も高校から数えて全国選手権6連覇を記録し、1993年世界選手権でも銅メダルを獲得した[2]。世界選手権は計5度出場し、すべて6位以内で入賞。

大学卒業後は一度引退して京都に戻り、地方公務員である京都府立高等学校教員となり、保健体育教諭として網野高校に赴任。

結婚後に現役復帰し、京都府大会に参戦。2009年に開かれた第1回近畿女子選手権48kg級にも出場し、スナッチ52kg、クリーン&ジャーク63kg、トータル115kgを挙げ優勝(ただしエントリーは川﨑一人だった)[3]。

ベスト記録はスナッチ67.5kg、ジャーク87.5kg、トータル155.0kg[4]。

2009年より海洋高校に異動し、ウエイトリフティング部顧問として2014年にはインターハイ京都府選考会学校対抗4連覇に導く[5][6]。また、2013年の新練習場お披露目式にはロンドンオリンピック代表の八木かなえを招待した[7]。

一方で全国都道府県対抗女子ウエイトリフティング選手権大会で京都府監督も務め、第2回(2012年)には最優秀監督賞も受賞[8]。

娘の川崎菜々紗もウエイトリフティングの選手となり、2018年に小学6年生で全国大会出場、大学生や高校生を抑え7位入賞を果たした[9][10]。

主な競技歴

  • 1989年 世界選手権44kg級 4位
  • 1990年 世界選手権44kg級 2位
  • 1990年 アジア大会44kg級 銀メダル
  • 1991年 世界選手権44kg級 4位
  • 1992年 世界選手権48kg級 6位
  • 1993年 世界選手権46kg級 3位

脚注

  1. 1 2 3 “こんにちは 大野市出身重量挙げ選手 斎藤さと美さん(宇治市・17歳)” (PDF). 大野市. 2014年12月25日閲覧。
  2. 1 2 3 “60周年史” (PDF). 日本ウエイトリフティング協会. 2013年9月26日閲覧。
  3. ↑ 上田貢. “第1回近畿女子選手権大会”. 2014年12月25日閲覧。
  4. ↑ “旧旧階級 日本最高記録”. 日本ウエイトリフティング協会. 2013年9月26日閲覧。
  5. ↑ “世界「銀」の熱血指導着々 京都・海洋高の重量挙げ男子”. 京都新聞. (2014年7月25日) 2015年2月12日閲覧。
  6. ↑ “海洋だより” (PDF). 京都府立海洋高等学校 2014年2月13日閲覧。
  7. ↑ “五輪代表・八木かなえさんが模範演技 京都府立海洋高で重量挙げ練習場お披露目式”. MSN産経WEST. (2013年2月4日)
  8. ↑ “平成 24 年度 第2回全国都道府県対抗女子ウエイトリフティング選手権大会” (PDF). 日本ウエイトリフティング協会. 2014年2月13日閲覧。
  9. ↑ “母娘で挑む 宮津の川崎さん、小学生で初の全日本出場 /京都”. 毎日新聞. (2018年3月30日) 2018年6月23日閲覧。
  10. ↑ “重量挙げ、学生ら破り小6女子入賞 体重より重い48キロ級で”. 京都新聞. (2018年3月20日) 2018年6月23日閲覧。

関連項目