新海英一

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新海 英一(しんかい えいいち、1892年 - 1986年)は、日本の経営者。古河鉱業社長、会長、日本鉱業協会会長などを務めた。

来歴・人物

山梨県中巨摩郡玉幡村出身。1915年に東京高等商業学校(現一橋大学)を卒業し、同年に古河合名会社に入社[1]。

1946年に追放指定された岡田完二郎に代わり古河鉱業代表取締役社長に就任[2]。1954年北海道開発審議会委員[3]。1958年経済審議会臨時委員[4]。1959年水質審議会委員[5]。

日本鉱業協会会長なども務め[6]、1961年に古河鉱業代表取締役会長に就任した。1962年に鉱業審議会が発足すると会長に就任した[7]。同年藍綬褒章受章[8]。

1964年雇用審議会委員[9]。1966年産炭地域振興事業団(のちの地域振興整備公団)理事長[10]、経済審議会委員[11]。1971年勲二等旭日重光章受章[12]。1986年正四位[13]。

親族

妻のていは第十国立銀行取締役などを務めた雨宮五郎の孫[14]。二男・厚男の妻・宏子は、日本飛行機社長などを務めた鷹崎正見の長女[1]。

脚注

  1. 1 2 人事興信録 第15版 上
  2. ↑ 古河鉱業(株)『創業100年史』(1976.03)
  3. ↑ 官報昭和29年本紙第8248号 59頁
  4. ↑ 官報昭和33年本紙第9376号 503頁
  5. ↑ 官報昭和34年本紙第9665号 248頁
  6. ↑ 非鉄金属読本 産業新聞社 1952
  7. ↑ 古河鉱業(株)『創業100年史』(1976.03)
  8. ↑ 官報昭和37年本紙第10762号 729頁
  9. ↑ 官報昭和39年本紙第11115号 2頁
  10. ↑ 官報昭和41年本紙第11750号 21頁
  11. ↑ 官報昭和41年本紙第11986号 13頁
  12. ↑ 官報昭和46年号外第49号 7頁
  13. ↑ 官報昭和61年本紙第17904号 11頁
  14. ↑ 雨宮五郞 (第8版 昭和3(1928)年7月 の情報)日本研究のための歴史情報『人事興信録』データベース
先代
岡田完二郎
古河鉱業社長
1946年 - 1961年
次代
楢原良一郎