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| 名前 | ||||||
| 愛称 | 隼シューター | |||||
| カタカナ | ニッタ シュン | |||||
| ラテン文字 | NITTA Shun | |||||
| 基本情報 | ||||||
| 国籍 |
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| 生年月日 | 3月22日 | |||||
| 出身地 | 静岡県・南葛市 | |||||
| 身長 | 172cm | |||||
| 体重 | 60kg | |||||
| 選手情報 | ||||||
| ポジション | FW | |||||
| 背番号 | 18 | |||||
| 利き足 | 右 | |||||
| ■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj | ||||||
ポジションはFW。翼達より1学年年下。八重歯が特徴的[1]。
翼が優勝した翌年に南葛SCを率いて、5年生の沢田タケシを擁する明和FCを決勝で下し全日本少年サッカー大会2連覇を成し遂げており、ずっと翼に対して対抗意識を持っていた。初登場時は「翼と同等の素質を持つ」などと言われ、日向や他の翼のライバル達に対しても不遜で挑戦的な態度をとっていた。
中学2年次で、50メートルを6秒フラットで走るという俊足が武器。得意技は天性のバネを活かした「隼シュート」。東邦選手達からは「大友カルテットが攻撃を抑え込んでいるのに新田のワントップが勿体ない。新田とコンビ組める選手がいたら南葛はすでに3点取られていた」と言うほど評価が高く、実際に上級生がパスを送れなかったと謝罪されたり、マッサージされるなど信頼される期待のストライカーだった。
日本代表の試合では日向と共にツートップを務めている。背番号は主に18番を使用。大友中・南葛高校の先輩である浦辺反次の事は常に強い者を打倒という心意気に惚れて『心のキャプテン』として尊敬している。
南葛SC(南葛市選抜チーム)[2] - 静岡県大友市立大友中学校[3][4][5]- 静岡県立南葛高校 - 柏レイソル - ボルシア・ドルトムント
「II」では南葛高校のエースストライカーとして活躍、全国制覇に貢献した。全日本では日向の影に隠れがちだったが、「IV」ではサンパウロに移籍し、頼れるエースストライカーとして翼たちをサポートした。当初、石崎と共に勝手なプレーと皮肉な言動や挑発的な所が目立ったマウリシオと張り合っていたが、翼達に対し先輩に慕うようになってから徐々に打ち解けた。
「V」ではロベルト本郷を育てたジョアン監督の指導を受けたことで驚異的な成長を遂げ、翼の抜けたサンパウロを優勝に導き、得点王にも輝いた。ワールドトーナメント前には「俺さえいれば日本はパーフェクトですね」と不遜な発言をしていた。全日本の強力な戦力になると期待されたが、「翼さんと俺と、どっちが上か試してみたいんですよ」という理由から伝説のチーム「カンピオーネ」に入団し翼たちの敵に回る。作中、一部の解説者に「翼を超えた」と言わしめるほどの成長を遂げ、最後の敵として全日本を苦しめたりと原作以上に活躍する[8]。
南葛高「II」 - 南武大フースバル「IV」 - サンパウロFC「IV(ワールドクラブカップ編のみ)、V」 - カンピオーネ「V」
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