日向和田駅

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日向和田駅
駅舎(2022年4月)
ひなたわだ
Hinatawada
◄JC 63 宮ノ平 (0.8 km)
(1.0 km) 石神前 JC 65►
所在地 東京都青梅市日向和田三丁目
北緯35度47分16.3秒 東経139度13分47.9秒 / 北緯35.787861度 東経139.229972度 / 35.787861; 139.229972座標: 北緯35度47分16.3秒 東経139度13分47.9秒 / 北緯35.787861度 東経139.229972度 / 35.787861; 139.229972
駅番号 JC64
所属事業者 東日本旅客鉄道(JR東日本)
所属路線 ■青梅線(東京アドベンチャーライン)
キロ程 21.4 km(立川起点)
電報略号 ワタ
駅構造 地上駅
ホーム 1面1線[1]
乗車人員
-統計年度-
893人/日(降車客含まず)
-2014年-
開業年月日 1895年(明治28年)12月28日[2]
備考 無人駅(自動券売機 有)
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日向和田駅(ひなたわだえき)は、東京都青梅市日向和田三丁目にある、東日本旅客鉄道(JR東日本)青梅線の駅である[1]。駅番号はJC 64。

歴史

青梅鉄道としての開業

青梅線は、当初は私鉄の青梅鉄道によって建設された。青梅鉄道は建設費節約のため、当初は2フィート6インチ軌間 (762ミリメートル)を採用し、1891年(明治24年)9月16日に立川 - 日向和田間が仮免許され、その後各種図面を揃えて審査を受け、翌1892年(明治25年)6月21日に本免許された[3]。このように、日向和田は青梅鉄道が建設を計画した最初の区間に含まれ、その終点であった。日向和田は、青梅鉄道が兼業として計画していた、石灰石の採掘販売事業の積み出し駅として計画された[4]。

1894年(明治27年)11月19日にまず立川 - 青梅間が開業した後[5]、当初免許された日向和田駅の位置では急勾配と急曲線が生じて運転に困難が生じるとの理由で位置変更の手続きを1895年(明治28年)4月に行って、日向和田駅までの延長工事に着手した[4]。1895年(明治28年)12月28日に日向和田駅まで開業した[2][注釈 1]。この時点では、石灰石積み出し専用の貨物駅として営業開始し、旅客営業がないのはもとより、石灰石以外の一般貨物の営業も行われなかった[4]。青梅から来た線路は行き止まり式の駅に到着し、そこから折り返す形で石灰石採掘施設への線路が通じる構造となっていた[8]。またこの時点での駅の位置は今の宮ノ平駅に近く、駅跡地は後に日向和田保育園、日向和田2丁目児童遊園などになっている[9]。

日向和田までの線路が開業すると、沿線より旅客営業を開始するように要望が寄せられたことから、青梅鉄道は1897年(明治30年)7月28日に旅客および一般貨物も取り扱う駅に変更する申請を当局に提出した。当局が地元の意向を聞いたところ、当時の青梅町長は、それまで日向和田より奥の利用者は青梅まで来て列車に乗降するので利用客の集中に伴う利益が青梅にもたらされていたが、日向和田の旅客開業によりこの利益は日向和田に移ることになり、人口の多い青梅の中心市街地から人口の少ない日向和田へ利益を移転させるものであると、事実上反対の意向を示していた。しかしこれは局所的な利害に過ぎないとみなされて青梅鉄道の申請は承認され、1898年(明治31年)3月10日に旅客営業を開始し、貨物営業も石灰石以外の一般貨物を取り扱うようになった。開業後は青梅町長の懸念するような青梅中心市街地への悪影響は生じず、むしろこの駅が主要街道たる青梅街道から遠いという欠点が目立つ結果となった[8]。

日向和田での石灰石採掘事業も駅開業と前後して開始され、当駅から貨車積みで出荷された石灰石は、立川駅で甲武鉄道の3フィート6インチ軌間(1,067ミリメートル)の貨車に積み替えられ、牛込駅(のちの飯田橋駅付近)から分岐した側線で神田川沿いの青梅鉄道の積み降ろし施設に到着して、ここで舟運に積み替えられて需要者に送られていた。石灰石を石材として消費する需要者もあったが、最大の需要はセメントの生産用で、後に浅野セメントがほとんどの需要を占めることになる[10]。この輸送は立川駅での貨車の積み替えがボトルネックになっており、青梅鉄道は1907年(明治40年)2月21日の臨時株主総会で改軌を議決し、12月11日に改軌の認可を当局から経てすぐに着工し、1908年(明治41年)2月18日に青梅まで完了、日向和田へもその翌日完了し営業開始している[11]。

駅の移転

それまでの駅は街道からやや離れており不便であるという理由で、日向和田駅を移転させる申請が1912年(明治45年)1月25日に当局に提出された。申請では、51チェーン72.7リンク(約1,172メートル)の線路を延長してその先に駅を移転させ、従来の駅施設を撤廃する、新線の建設ではなく駅移転の手続きとなっていた[12]。従来の駅は行き止まり式であり、将来的に二俣尾方面へ延長することが困難という理由もあり、延長307メートルの日向和田トンネルを掘削してそのトンネルの先に新たな日向和田駅を設置することになった[9]。いったん工事が認可されたのちに、自社の石灰石採掘事業で引き続き必要であるという理由で、従来の日向和田駅に近い位置に新たに宮ノ平駅を設置する申請が行われた。この結果、1914年(大正3年)4月1日に日向和田駅が現行位置に移転するとともに宮ノ平駅も開業し、実質的に延長の免許を受けることなく路線が延長されることになった[12]。旧日向和田駅の駅舎や関連する建物などは宮ノ平駅に移築され、旧駅跡地は分教場用地として地元に譲渡された[9]。

新駅移転後、さらに奥の二俣尾までの延長計画が推進され、1920年(大正9年)1月1日に二俣尾まで延長され[13]、当駅は中間駅となった。日向和田駅の青梅街道沿いへの移転により、利用客は若干の増加を見たが、その後第一次世界大戦に伴う好景気で1915年度から1919年度までに青梅鉄道の旅客輸送量は一挙に2倍となり、1923年(大正12年)4月25日には電化し電車による頻繁な列車運行が開始され、これがさらなる輸送量増加につながっていった[14]。

国有化以降

1944年(昭和19年)4月1日に青梅電気鉄道(青梅鉄道が改称)は国有化され、当駅は国鉄の駅となった[2]。1957年(昭和32年)6月1日には貨物営業が廃止された[15]。

2010年(平成22年)1月26日に新駅舎が供用を開始した[16]。

年表

駅構造

単式ホーム1面1線を持つ地上駅である[1]。ホームの有効長は6両編成分ある。

かつては木造平屋建ての駅舎を使用していたが、後にログハウス風の駅舎が別に新しく建てられた。2009年9月から新駅舎の建設工事開始に伴い駅舎の供用が停止され、2010年1月26日に現在の駅舎が完成し、男女別のトイレが改札外に、待合室が改札内にそれぞれ新設された[16]。

なお、旧・旧駅舎は旧駅舎完成後も取り壊されず、多客期の臨時改札口として使用されていた。現駅舎建設中には仮駅舎として使用され、その完成後に取り壊された。

青梅駅管理の無人駅であるが、観梅シーズンには管理駅などから多数の社員が臨時に派遣される。

駅舎には自動券売機が設置されており、Suicaおよびそれと相互利用できるICカードに対応している。また、簡易Suica改札機が設置されている。

利用状況

2014年(平成26年)度の1日平均乗車人員は893人である。

年度別1日平均乗車人員(1953年 - 1989年)

年度別1日平均乗車人員
年度 国鉄/
JR東日本
出典
1953年(昭和28年) 729 [* 1]
1954年(昭和29年) 700 [* 2]
1955年(昭和30年) 694 [* 3]
1956年(昭和31年) 712 [* 4]
1957年(昭和32年) 732 [* 5]
1958年(昭和33年) 727 [* 6]
1959年(昭和34年) 759 [* 7]
1960年(昭和35年) 774 [* 8]
1961年(昭和36年) 784 [* 9]
1962年(昭和37年) 811 [* 10]
1963年(昭和38年) 834 [* 11]
1964年(昭和39年) 859 [* 12]
1965年(昭和40年) 904 [* 13]
1966年(昭和41年) 943 [* 14]
1967年(昭和42年) 938 [* 15]
1968年(昭和43年) 829 [* 16]
1969年(昭和44年) 810 [* 17]
1970年(昭和45年) 756 [* 18]
1971年(昭和46年) 707 [* 19]
1972年(昭和47年) 896 [* 20]
1973年(昭和48年) 803 [* 21]
1974年(昭和49年) 819 [* 22]
1975年(昭和50年) 773 [* 23]
1976年(昭和51年) 860 [* 24]
1977年(昭和52年) 948 [* 25]
1978年(昭和53年) 981 [* 26]
1979年(昭和54年) 964 [* 27]
1980年(昭和55年) 901 [* 28]
1981年(昭和56年) 995 [* 29]
1982年(昭和57年) 942 [* 30]
1983年(昭和58年) 904 [* 31]
1984年(昭和59年) 929 [* 32]
1985年(昭和60年) 874 [* 33]
1986年(昭和61年) 912 [* 34]
1987年(昭和62年) 819 [* 35]
1988年(昭和63年) 814 [* 36]
1989年(平成元年) 753 [* 37]

年度別1日平均乗車人員(1990年以降)

近年の推移は下記の通り。

年度別1日平均乗車人員[統計 1][統計 2]
年度 1日平均
乗車人員
出典
1990年(平成2年) 707 [* 38]
1991年(平成3年) 822 [* 39]
1992年(平成4年) 907 [* 40]
1993年(平成5年) 932 [* 41]
1994年(平成6年) 1,030 [* 42]
1995年(平成7年) 1,057 [* 43]
1996年(平成8年) 1,082 [* 44]
1997年(平成9年) 1,047 [* 45]
1998年(平成10年) 1,038 [* 46]
1999年(平成11年) 1,041 [* 47]
2000年(平成12年) 1,003 [* 48]
2001年(平成13年) 1,003 [* 49]
2002年(平成14年) [JR 1]960 [* 50]
2003年(平成15年) [JR 2]964 [* 51]
2004年(平成16年) [JR 3]937 [* 52]
2005年(平成17年) [JR 4]959 [* 53]
2006年(平成18年) [JR 5]972 [* 54]
2007年(平成19年) [JR 6]975 [* 55]
2008年(平成20年) [JR 7]983 [* 56]
2009年(平成21年) [JR 8]978 [* 57]
2010年(平成22年) [JR 9]930 [* 58]
2011年(平成23年) [JR 10]940 [* 59]
2012年(平成24年) [JR 11]981 [* 60]
2013年(平成25年) [JR 12]1,015 [* 61]
2014年(平成26年) [JR 13]893 [* 62]

駅周辺

吉野梅郷の中心、青梅市梅の公園

対岸にある吉野梅郷は関東有数の梅の名所として知られる。

隣の駅

東日本旅客鉄道(JR東日本)
JC 青梅線(東京アドベンチャーライン)
■各駅停車
宮ノ平駅 (JC 63) - 日向和田駅 (JC 64) - 石神前駅 (JC 65)

脚注

記事本文

注釈

  1. 1 2 青梅鉄道が発行した三十年誌では12月15日開業とされている[6]。『青梅鉄道のあゆみ』では、青梅 - 日向和田間の開業年月日には諸説あるが、当時の営業報告書などから12月15日説を採用とある[7]。

出典

  1. 1 2 3 『週刊 JR全駅・全車両基地』 46号 甲府駅・奥多摩駅・勝沼ぶどう郷駅ほか79駅、朝日新聞出版〈週刊朝日百科〉、2013年7月7日、23頁。
  2. 1 2 3 4 5 6 7 8 9 曽根悟(監修) 著、朝日新聞出版分冊百科編集部 編『週刊 歴史でめぐる鉄道全路線 国鉄・JR』 38号 青梅線・鶴見線・南武線・五日市線、朝日新聞出版〈週刊朝日百科〉、2010年4月11日、10-11頁。
  3. 1 2 3 『青梅鉄道のあゆみ』pp.30-32
  4. 1 2 3 4 『青梅鉄道のあゆみ』p.46
  5. ↑ 『青梅鉄道のあゆみ』p.45
  6. ↑ 石野哲 編『停車場変遷大事典 国鉄・JR編』 II(初版)、JTB、1998年10月1日、194頁。ISBN 4-533-02980-9。全国書誌番号:99032190。
  7. ↑ 『青梅鉄道のあゆみ』p.48
  8. 1 2 3 『青梅鉄道のあゆみ』pp.46 - 48
  9. 1 2 3 『青梅鉄道のあゆみ』p.83
  10. ↑ 『青梅鉄道のあゆみ』pp.53-58, 68 - 69
  11. 1 2 『青梅鉄道のあゆみ』pp.60 - 62
  12. 1 2 『青梅鉄道のあゆみ』p.72
  13. ↑ 『青梅鉄道のあゆみ』pp.83 - 87
  14. ↑ 『青梅鉄道のあゆみ』pp.72 - 73
  15. 1 2 3 石野哲 編『停車場変遷大事典 国鉄・JR編』 II(初版)、JTB、1998年10月1日、195頁。ISBN 4-533-02980-9。全国書誌番号:99032190。
  16. 1 2 3 『青梅線 日向和田駅に新しい駅舎が誕生します!』(PDF)(プレスリリース)東日本旅客鉄道八王子支社、2010年1月22日。オリジナルの2016年4月27日時点におけるアーカイブ。2020年6月11日閲覧。
  17. ↑ 「軽便鉄道停車場位置変更並停車場設置」『官報』1914年4月11日(国立国会図書館デジタル化資料)
  18. ↑ 「通報 ●青梅線日向和田駅の駅員無配置について(旅客局)」『鉄道公報』日本国有鉄道総裁室文書課、1972年7月28日、4面。
  19. ↑ 「鉄道記録帳2002年2月」『RAIL FAN』第49巻第5号、鉄道友の会、2002年5月1日、24頁。
  20. ↑ 「JR年表」『JR気動車客車編成表 '02年版』ジェー・アール・アール、2002年7月1日、187頁。ISBN 4-88283-123-6。
  21. ↑ “平成28年第2回奥多摩町議会定例会 会議録” (PDF). 奥多摩町. 2018年1月22日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年3月31日閲覧。

利用状況

JR東日本の2002年度以降の乗車人員
東京都統計年鑑
  1. ↑ 昭和28年
  2. ↑ 昭和29年
  3. ↑ 昭和30年
  4. ↑ 昭和31年
  5. ↑ 昭和32年
  6. ↑ 昭和33年
  7. ↑ 昭和34年
  8. ↑ 昭和35年
  9. ↑ 昭和36年
  10. ↑ 昭和37年
  11. ↑ 昭和38年
  12. ↑ 昭和39年
  13. ↑ 昭和40年
  14. ↑ 昭和41年
  15. ↑ 昭和42年
  16. ↑ 昭和43年
  17. ↑ 昭和44年
  18. ↑ 昭和45年
  19. ↑ 昭和46年
  20. ↑ 昭和47年
  21. ↑ 昭和48年
  22. ↑ 昭和49年
  23. ↑ 昭和50年
  24. ↑ 昭和51年
  25. ↑ 昭和52年
  26. ↑ 昭和53年
  27. ↑ 昭和54年
  28. ↑ 昭和55年
  29. ↑ 昭和56年
  30. ↑ 昭和57年
  31. ↑ 昭和58年
  32. ↑ 昭和59年
  33. ↑ 昭和60年
  34. ↑ 昭和61年
  35. ↑ 昭和62年
  36. ↑ 昭和63年
  37. ↑ 平成元年
  38. ↑ 東京都統計年鑑(平成2年)
  39. ↑ 東京都統計年鑑(平成3年)
  40. ↑ 東京都統計年鑑(平成4年)
  41. ↑ 東京都統計年鑑(平成5年)
  42. ↑ 東京都統計年鑑(平成6年)
  43. ↑ 東京都統計年鑑(平成7年)
  44. ↑ 東京都統計年鑑(平成8年)
  45. ↑ 東京都統計年鑑(平成9年)
  46. ↑ 東京都統計年鑑(平成10年) (PDF)
  47. ↑ 東京都統計年鑑(平成11年) (PDF)
  48. ↑ 東京都統計年鑑(平成12年)
  49. ↑ 東京都統計年鑑(平成13年)
  50. ↑ 東京都統計年鑑(平成14年)
  51. ↑ 東京都統計年鑑(平成15年)
  52. ↑ 東京都統計年鑑(平成16年)
  53. ↑ 東京都統計年鑑(平成17年)
  54. ↑ 東京都統計年鑑(平成18年)
  55. ↑ 東京都統計年鑑(平成19年)
  56. ↑ 東京都統計年鑑(平成20年)
  57. ↑ 東京都統計年鑑(平成21年)
  58. ↑ 東京都統計年鑑(平成22年)
  59. ↑ 東京都統計年鑑(平成23年)
  60. ↑ 東京都統計年鑑(平成24年)
  61. ↑ 東京都統計年鑑(平成25年)
  62. ↑ 東京都統計年鑑(平成26年)

参考文献

  • 『青梅鉄道のあゆみ 創立から国有化まで』青梅市郷土博物館、2025年3月28日。 

関連項目

外部リンク