| 日根神社 | |
|---|---|
|
拝殿 | |
| 所在地 | 大阪府泉佐野市日根野631-1 |
| 位置 | 北緯34度22分25.61秒 東経135度20分36.89秒 / 北緯34.3737806度 東経135.3435806度 |
| 主祭神 |
鸕鷀草葺不合尊 玉依姫尊 |
| 社格等 |
式内社(小) 和泉国五宮 旧府社 |
| 創建 | 不詳 |
| 別名 | 大井関明神、大井堰神社 |
| 例祭 | 5月8日(渡御神事) |
日根神社(ひねじんじゃ)は、大阪府泉佐野市日根野にある神社。和泉国日根郡の式内社で、和泉国五宮。御旅所が同市長滝の熊野街道(紀州街道、和歌山貝塚線)沿いにある。
創建の時期は明らかではないが、社伝によると神倭伊波礼毘古命による東征の際、命が河内から大和に入る時に長髄彦と戦い、敗れた。その際に野原が広がる当地まで退却した命はここで「日」(天)の神である天照大御神と「根」(黄泉)の神である須佐之男命を祀った所、戦に勝って大和を平定した。それによりこの地を「日根野」と名付け、社名は日根神社とされたとする。
霊亀2年(716年)に制定された和泉五社のうちに数えられており、延喜式内社日根郡十座のうちに列せられていることから、1200年以上前であると考えられる。天武天皇2年(673年)には境内に隣接して神宮寺の無辺光院(現・慈眼院)が建立されている。
聖武天皇の御代、天平14年(742年)の大旱魃の際には500石を朝廷から賜っている。

天正年間(1573年 - 1593年)に兵火によって焼失し、天正13年(1585年)には羽柴秀吉により社領が没収されたが、慶長7年(1602年)には豊臣秀頼によって社殿が再建されている。
明治時代になると神仏分離により隣接している無辺光院と分離し、1873年(明治6年)には郷社定則により郷社に指定され、1924年(大正13年)には府社に昇格した。本殿は1972年(昭和47年)3月31日に府指定有形文化財(建第20号)に指定されている。大井関自然公園が隣接している。

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