朝吹亮二

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あさぶき りょうじ
朝吹 亮二
誕生 あさぶき りょうじ
  朝吹 亮二
(1952-04-30) 1952年4月30日(72歳)
日本の旗・東京都新宿区信濃町(慶應義塾大学病院)
職業 仏文学者、詩人
言語 日本語
国籍 日本の旗 日本
教育 文学修士(慶應義塾大学・1979年)
最終学歴 慶應義塾大学大学院文学研究科フランス文学専攻博士課程単位取得退学
ジャンル 詩
主な受賞歴 藤村記念歴程賞(1987年)
鮎川信夫賞詩集部門(2011年)
福澤賞(2016年)
子供 朝吹真理子(娘)
親族 福澤諭吉(高祖叔父)
朝吹英二(曾祖父)
長岡外史(曾祖父)
久原房之助(曾祖父)
中上川彦次郎(曾祖伯父)
野依範治(曾祖叔父)
朝吹常吉(祖父)
朝吹磯子(祖母)
石井光次郎(祖父)
朝吹三吉(父)
朝吹登水子(叔母)
朝吹四郎(叔父)
朝吹英一(伯父)
石井好子(叔母)
石井公一郎(叔父)
朝吹由紀子(従姉)
牛場潤一(従甥)
名取洋之助(従伯父)
野依良治(三従兄)
渡邉康太郎(娘婿)
公式サイト 朝吹 亮二 / 法学部 (三田)名誉教授
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朝吹 亮二(あさぶき りょうじ、1952年4月30日 - )は、日本のフランス文学者、詩人。学位は、文学修士(慶應義塾大学・1979年)。慶應義塾大学名誉教授。

概要

東京都出身。暁星小学校・暁星中学校・暁星高等学校を経て、「まず個人的なことから少し話したいのですが、僕が第一詩集の『終焉と王国』を書いていた時期はすごく長くて、一九七三年から七九年頃までだったわけですが」[1]、1975年慶應義塾大学文学部フランス文学科卒業。1979年同大学院文学研究科フランス文学専攻修士課程修了、1982年同大学院文学研究科フランス文学専攻博士課程単位取得退学。学位は文学修士(1979年取得)。1997年慶應義塾大学法学部教授。専門はフランス近・現代詩、シュルレアリスム。

詩人としては、「opus」「密室論」「明るい箱」「現代詩文庫 朝吹亮二詩集」といった作品がある。1987年、詩集「opus」で第25回藤村記念歴程賞受賞。翌年、同作で第1回三島由紀夫賞候補。長らく詩作から離れていた時期もあるが、2008年に松浦寿輝、川上弘美とともに詩誌「水火」に参加して復活をみせた。2011年、16年ぶりの詩集「まばゆいばかりの」で第2回鮎川信夫賞受賞。2016年、シュルレアリスムの創始者であるブルトンの詩を取り上げた「アンドレ・ブルトンの詩的世界」で福澤賞受賞。

曽祖父は実業家の朝吹英二と陸軍中将の長岡外史、元立憲政友会正統派総裁の久原房之助、祖父は実業家の朝吹常吉と元衆議院議長の石井光次郎、父はフランス文学者の朝吹三吉。叔母に仏文学者の朝吹登水子とシャンソン歌手の石井好子がおり、ノーベル化学賞の野依良治は親族関係にある。また、娘に芥川賞作家の朝吹真理子がいる。

親族

そのほかにも、縁戚関係のある人物として牛場暁夫(義従弟)などがいるが、ここでは親族に限定して記載した。

略歴

賞歴

著書

  • 『終焉と王国 詩集』青銅社 1979
  • 『封印せよその額に』青銅社 1982
  • 『朝吹亮二詩集』思潮社(詩・生成) 1985
  • 『opus』思潮社 1987

(なおopusの読み方は「オーパス」「オピュス」など諸説あるが、本文には「オプス」と表記されている。)

  • 『密室論』七月堂 1989
  • 『朝吹亮二詩集』思潮社(現代詩文庫) 1992
  • 『An Anthology of Contemporary Japanese Poetry』Leith Morton著 Garland Publishing(英訳、アンソロジー) 1993
  • 『明るい箱』思潮社 1994
  • 『まばゆいばかりの』思潮社 2010
  • 『記号論』松浦寿輝共著 思潮社 1985

論文

  • 朝吹亮二
  • 『瀧口修造におけるコラボレーションと集団的想像力』科学研究費補助金研究成果報告書、日本学術振興会、2012 
共著

共作

現代音楽家の高橋悠治は、1991年に朝吹の詩「水」「opus 76」に音楽を付けている。また1994年には高橋悠治と慶應義塾大学三田キャンパスでのイベント「誌をめぐるコラボレーション」にてライブパフォーマンスをしている。

人物

詩誌『水火』に、幼少期のフランスでの生活を思わせる記述がある。朗読パフォーマンスには否定的である。FacebookやTwitterなどから、愛猫家としても知られている。趣味はギター製作。


暁星高校時代の短期間、親戚である成毛滋の紹介で、近田春夫(当時、慶應義塾高等高校に在学)とバンドを組んでいた。パートはベース。レパートリーはレッド・ツェッペリンやブラインド・フェイスなど。バンド名は最後までなかったという。[2]

脚注

注釈

    出典

    1. ↑ 朝吹亮二、松浦寿輝 著、小田久郎 編『記号論』株式会社思潮社、一九八五年十一月一日。
    2. ↑ 「調子悪くてあたりまえ 近田春夫自伝」

    外部リンク