札幌パリ

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株式会社札幌パリ
Sapporo Paris Co., LTD.
種類 株式会社
本社所在地 日本の旗 日本
〒003-8588
札幌市白石区菊水3条4丁目3-37
北緯43度03分16秒 東経141度22分41秒 / 北緯43.05444度 東経141.37806度 / 43.05444; 141.37806座標: 北緯43度03分16秒 東経141度22分41秒 / 北緯43.05444度 東経141.37806度 / 43.05444; 141.37806
設立 1972年6月1日[1]
業種 食料品
法人番号 8430001020351 ウィキデータを編集
事業内容 パン・洋菓子・菓子・調理パンの製造販売及びベーカリー直営店運営[1]
代表者 水野渉(代表取締役社長)[1]
資本金 4億9500万円[1]
純利益 166万7000円(2020年12月31日時点)[2]
純資産 2億6222万6000円(2020年12月31日時点)[2]
総資産 15億8519万6000円(2020年12月31日時点)[2]
従業員数 407名(正社員118名)(2021年5月1日現在)
外部リンク www.sapporo-paris.co.jp ウィキデータを編集
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株式会社札幌パリ(さっぽろパリ)は、札幌市白石区に本社のあるヤマザキグループ[3]の企業。この項目では、かつての親会社「イズヤパン」についても記載している。

商品

沿革

イズヤパン

イズヤパンは、かつて北海道帯広市に本社のあった企業[4][5]。1952年(昭和27年)に創業し、道東を中心に販売網を構築して1979年度(昭和54年度)には年商54億円を売り上げたが、同業他社の道東進出によって市場占有率(シェア)が低下し、業績が悪化した[5]。1990年(平成2年)には釧路と旭川の工場を閉鎖して経営規模の縮小を図り、翌年には北海道拓殖銀行と日本製粉の役員を受け入れて再建に向けての取組みを行っていたが、バブル崩壊の影響により所有地の売却が進まずに資金繰りが悪化した[5]。1993年(平成5年)、釧路地方裁判所帯広支部に和議適用を申請して事実上倒産(負債総額32億円)[4][5]。1994年(平成6年)に山崎製パンがイズヤパンと札幌パリの株式を取得し[6]、「ヤマザキグループ」になった。2012年(平成24年)にはイズヤパンの製造販売事業を札幌パリに統合[6]、2017年(平成29年)3月には札幌パリからとかち帯広工場を引き継いだとかち帯広ヤマザキを設立して分社化した[7]。1998年から2003年まで、ポケモンパンを第一屋製パン(第一パン)からのライセンス生産により販売していた。

年表

事業所

脚注

  1. 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 “企業情報”. 札幌パリ. 2017年10月24日閲覧。
  2. 1 2 3 株式会社札幌パリ 第49期決算公告
  3. ↑ “ヤマザキグループ”. 山崎製パン. 2017年10月24日閲覧。
  4. 1 2 3 “帯広のイズヤパン、倒産、釧路地裁和議申請”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (1993年3月12日)
  5. 1 2 3 4 “イズヤパン倒産 大手道東進出で販売不振 負債32億円”. 北海道新聞 (北海道新聞社). (1993年3月6日)
  6. 1 2 3 4 “沿革”. 山崎製パン. 2017年10月24日閲覧。
  7. ↑ 帯広ヤマザキ設立 札幌パリから工場継承 | 十勝毎日新聞電子版-Tokachi Mainichi News Web(2022年8月20日閲覧)
  8. ↑ “<しんそう93> イズヤパン和議申請—道内業界「あすはわが身」。経営見直し加速か。「山崎進出響く」の指摘も”. フォト北海道(道新写真データベース). 北海道新聞社 (1993年3月13日). 2017年10月24日閲覧。
  9. ↑ “パン工場が全焼 従業員1人けが”. 十勝毎日新聞 (十勝毎日新聞社). (2013年11月30日) 2017年10月24日閲覧。[リンク切れ]
  10. ↑ “220人見えぬ再就職 工場全焼で解雇”. 十勝毎日新聞 (十勝毎日新聞社). (2013年12月26日) 2017年10月24日閲覧。[リンク切れ]

関連項目

外部リンク