杉隆宣

ウィキペディアから、無料の百科事典
 
杉隆宣
時代 戦国時代
生誕 不詳
死没 天文12年5月7日(1543年6月9日)
別名 二郎左衛門(通称)
主君 大内義隆
氏族 杉氏
父母 父:杉興相
子 元相
テンプレートを表示

杉 隆宣(すぎ たかのぶ)は、日本の戦国時代の武将。通称は二郎左衛門。大内氏配下。父は杉興相。子に杉元相。周防国の名族杉氏の一門(次郎左衛門家)であるが、その正確な系譜は不明[1]。

生涯

杉興相の子として生まれる[1]。大内義隆の偏諱によって隆宣と名乗り、周防国佐波郡の大前と植松を領した[1]。

天文8年(1539年)、大内義隆の命により安芸へ出陣し、小早川興景の軍監として尼子晴久と戦ったが、天文12年5月7日(1543年6月9日)に出雲で討死[1]。子の隆相(元相)が跡を継いだ。

脚注

    1. 1 2 3 4 『徳山市史 上』249頁

    参考文献