村上 知行(むらかみ ともゆき、1899年2月11日 - 1976年3月23日)は、日本の中国研究者、翻訳家、評論家。

略歴

福岡県博多生まれ[1]。幼少時に父親と死別[1]。商家の店員となるが、13歳の時、病気のため右脚を切断[1]。九州日報記者、旅回りの新派劇団の座付き作者などを務めながら、独学で中国語を学ぶ[1]。

1928年上海に渡る。1930年から北京に住み、中国に関する評論やルポルタージュを刊行。一時期読売新聞特派員を務めたが、1937年の盧溝橋事件を機に辞職[1]。日本の戦争政策への協力を拒否し、著作を通して反戦の立場を示した[1]。

1946年5月に妻子とともに日本へ引き揚げ[1]。戦後は四大奇書を中心に翻訳、抄訳を行い、佐藤 春夫名義での翻訳も行った。

1976年、自宅においてナイフで首と胸を刺し自殺[1]。

著書

翻訳

脚注

  1. 1 2 3 4 5 6 7 8 “【地球人間模様】@チャイナ「気骨の反戦作家」”. 47NEWS. (2009年11月25日). オリジナルの2014年3月10日時点におけるアーカイブ。 2018年8月4日閲覧。

関連項目

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