太刀。来国光。銘「来国光 嘉暦二年二月日」。1327年。東京国立博物館蔵。国宝

来派(らいは)は、日本刀の刀工の流派の一つで五箇伝のうち山城伝に属する。鎌倉時代中期から南北朝時代にかけて山城国(京都府)で活動した。主な刀工に国行、国俊(二字国俊)、来国俊、来国光、来国次らがいる。

概要

山城国では古くから日本刀の製作が行われていた。在銘の作刀が残る刀工としては最古に属する三条宗近は永延年間(987 – 988年)頃の人と伝え、鎌倉時代初期には粟田口派が出現した。来派はこれよりやや遅れて鎌倉時代中期から作例を見る。観智院本「銘尽」によれば、来派は高麗(朝鮮)からの帰化人を出自とするという。一派の祖は国吉であるとされるが、現存確実な作刀はなく、国行が一派の実質的な祖とみなされている。本項に掲げる「国行」「国俊」「国光」「国次」が特に著名な刀工であるが、他に、光包、了戒等がいる。また、南北朝前後に九州菊地へ移住したと伝わる「国村」を祖とする延寿派を始め、摂津の中島来一派等、来派の鍛刀技術は各地へ広まった。地方へ移住した一派の中で最も名品が多い「延寿派」は、大正の27代末孫延寿国俊まで門跡を残す。

作風の特徴

なお、上述は来派の一般的な作風であり、南北朝期にかかると思われる来国光、国次の作品には、相州伝の影響を受けたと思われる、乱れ刃や沸の働きの強いものも見られる。

刀剣用語の補足説明

以下に主な刀工の作風と代表作について記載する。

国行

太刀。銘国行。東京国立博物館。重要文化財

概要

鎌倉時代中期の刀工で生没年不詳[1]。来派の実質的な祖である[1]。

現存作は太刀が多く、短刀はほとんど見かけない[1]。銘字は「国行」2字に切り、「来」字を冠しない[1]。

作刀の体配は、鎌倉時代中期特有の、腰反り高く、幅広で、切先は中切先が猪首(いくび)となったものが多いが、やや細身の作もある[1]。刃文は、国宝の太刀のように直刃を基調に丁子を交えるものと、佐野美術館蔵の太刀(重要美術品)のように丁子乱れ主体のものとがある。

作品

国宝
  • 太刀 銘国行(号 明石国行)(日本美術刀剣保存協会)身幅広く、腰反り高く、中切先の鎌倉時代中期特有の体配であるが、国行の作中ではやや細身に属する。地鉄は小板目つみ、やや肌立ち、刃文は広直刃調に丁子を交え、刃中の働きが盛んなものである。明石松平家伝来のため「明石国行」の異名を持つ。茎は生ぶで雉股形となり、茎尻に手抜き緒通しの孔があり、貴重である。
重要文化財
  • 太刀 銘国行(静岡・久能山東照宮)
  • 太刀 銘国行(静岡・久能山東照宮)
  • 太刀 銘国行(愛知・徳川美術館)
  • 太刀 銘国行(岡山・作楽神社)
  • 太刀 銘国行(愛媛・伊佐爾波神社)
  • 太刀 銘国行(個人蔵)1931年指定
  • 太刀 銘国行(個人蔵)1935年指定
  • 太刀 銘国行 1937年指定、第二次大戦後連合国軍により接収され、以後所在不明。
  • 太刀 銘国行(個人蔵)1941年指定
  • 太刀 銘国行(刀剣ワールド財団蔵[2])1952年指定
  • 刀 伝国行(国立歴史民俗博物館)1954年指定
  • 刀 伝国行(東京・吉祥寺)1952年指定
  • 刀 伝国行(個人蔵)1956年指定
  • 刀 伝国行(個人蔵)1961年指定

国俊

概要

国行の子とされる国俊には「国俊」と二字銘に切る者と、「来国俊」と三字銘に切る者がおり、古来、同人説、別人説があるが、作風の違いから両者を別人と見る説が有力である。銘を「国俊」と切る刀工を、「来国俊」と区別する意味で「二字国俊」と通称する。「二字国俊」の作は来国俊の作に比べ、猪首切先で豪壮な作が多い。弘安元年(1278年)銘の太刀があり、おおよその作刀年代が知られる。小太刀もあり、徳川美術館所蔵の「名物 鳥養国俊」(重要美術品)は出来優れる。

作品

重要文化財
  • 太刀 銘国俊(東京国立博物館)有馬家伝来で、国俊作中最も豪壮な作である。
  • 太刀 銘国俊(個人蔵)1933年指定
  • 太刀 無銘伝国俊(三重・合資会社苗秀社)
  • 刀 伝国俊(刀剣ワールド財団蔵[2])1941年指定
  • 刀 伝国俊(所在不明)1941年指定、『国宝・重要文化財大全』に写真なし
  • 刀 額銘国俊(個人蔵)1953年指定
  • 短刀 銘国俊(名物 愛染国俊)(法人蔵)

文化庁による所在確認調査の結果、所在不明とされた物件については「所在不明」とした[3]。

来国俊

概要

鎌倉時代末期の刀工。国行や二字国俊に比べ、細身の穏やかな作が多い。来国俊以降、短刀の作を多く見る。刃文は直刃を主体とし、乱れ刃の作でも小丁子、小互の目を主とした穏健な作風のものが多く、大模様の乱れ刃の作はまず見かけない。現存作は太刀、短刀ともに多く、薙刀や剣もある。正応から元亨(1288 – 1324年)に至る在銘作があり、この間同名2代があるとする説もある。徳川美術館には「来孫太郎作」銘の太刀があるが、銘振りから「来孫太郎」は来国俊の通称とされている。

作品

国宝
  • 太刀 銘来国俊(個人蔵)細めの太刀で、小丁子に小互の目(こぐのめ)を交えた乱れ刃の作。庄内藩家老、菅家伝来。
  • 小太刀 銘来国俊・黒漆蛭巻太刀拵(二荒山神社)
  • 短刀 銘来国俊 正和五年十一月日(熱田神宮)1316年
  • 短刀 銘来国俊(黒川古文化研究所)
  • 太刀 銘来孫太郎作 /(花押)正応五年□辰八月十三日(以下不明)(徳川美術館)
重要文化財
  • 太刀 銘来国俊 永仁五年三月一日(号 蛍丸) - 第二次大戦後連合軍により接収され、以後所在不明。写真なし。
  • 太刀 銘来国俊 正和二二年十月廿三日□□歳七十五(愛知・徳川美術館)
  • 太刀 銘来国俊 元応元年八月日(個人蔵)
  • 太刀 銘来国俊(紀州東照宮)
  • 短刀 銘来国俊(奈良・談山神社)
  • 薙刀 銘来国俊(個人蔵)

来国光

鎌倉時代末期から南北朝時代の刀工。来国俊の子とされる。太刀姿は切先が延びた南北朝時代の作風を示すものが多く、来国俊よりは豪壮である。作域は広く、来派伝統の直刃主体で小沸出来のものと、乱れ刃主体で沸の強い作とがあり、後者は正宗などの相州伝の影響を受けたものとされる。現存作は太刀、短刀ともに多く、短刀の方に沸の強く覇気のある作風が見られる。年紀ある作刀は嘉元2年(1327年)から、元徳・貞和を経て観応2年(1351年)に及ぶ。このうち、貞和・観応の作は銘振りの相違などから2代目の作とする説もある。

作品

国宝
重要文化財
刀 金象嵌銘「来国光」 スリ上 本阿(花押)
  • 太刀 銘来国光(宮城・鹽竈神社)
  • 太刀 銘来国光(二荒山神社)
  • 太刀 銘来国光(静岡・秋葉山本宮秋葉神社)
  • 太刀 銘来国光(愛知・徳川美術館)
  • 太刀 銘来国光(佐賀・松原神社) - 第二次大戦後連合軍により接収され、以後所在不明。
  • 太刀 銘来国光(刀剣ワールド財団蔵[2])1935年指定
  • 太刀 銘来国光(埼玉・個人旧蔵)1952年指定[4]
  • 太刀 銘来国光(個人蔵、萬野美術館旧蔵)1938年指定
  • 太刀 銘来国光(所在不明)1935年指定、前田家伝来
  • 太刀 銘来国光・梨地金螺鈿蛭巻打刀拵(個人蔵)1958年指定
  • 太刀 額銘来国光、切付銘埋忠磨上之(京都国立博物館)
  • 刀 金象嵌銘来国光スリ上 本阿(花押)(東京国立博物館)
  • 刀 無銘来国光(広島・ふくやま美術館)1956年指定
  • 刀 無銘来国光(個人蔵)1959年指定
  • 刀 無銘来国光(個人蔵)1960年指定
  • 短刀 銘来国光 元徳二年以下切(所在不明)
  • 短刀 銘来国光(塩川来国光)(刀剣ワールド財団蔵[2])
  • 短刀 銘来国光(池田来国光)(個人蔵)
  • 脇指 銘来国光(新身来国光)(個人蔵)
  • 短刀 銘来国光(和歌山・広八幡神社)
  • 短刀 銘来国光(法人蔵)1953年指定

文化庁による所在確認調査の結果、所在不明とされた物件については「所在不明」とした[3]。

来国次

概要

来国光の子または弟子と伝える。来派の中では沸の強い乱れ刃を焼く異色の作風を示し、正宗などの相州伝の影響を強く感じさせる。地刃ともに沸が強く、地鉄は肌立つものがあり、地景が目立つ点も相州風である。

作品

国宝
  • 短刀 銘来国次(個人蔵)
重要文化財
  • 太刀 銘来国次(山形・蟹仙洞)前田家伝来、1991年盗難
  • 太刀 銘来国次(個人蔵)徳川将軍家伝来
  • 刀 金象嵌銘来国次本阿(花押)(個人蔵) - 『国宝・重要文化財大全』に写真なし。
  • 脇指 銘来国次(個人蔵)

脚注

  1. 1 2 3 4 5 原田一敏「来国行」『朝日日本歴史人物事典』朝日新聞出版、1994年。
  2. 1 2 3 4 5 ウェブサイト「刀剣ワールド」に「一般財団法人刀剣ワールド財団(東建コーポレーション)にて保有の日本刀」として収録されている。
  3. 1 2 国指定文化財(美術工芸品)の所在確認の現況について(平成29年5月27日)、国指定文化財(美術工芸品)の所在確認の現況について(平成30年6月7日) 、国指定文化財(美術工芸品)の所在確認の現況について(令和元年7月16日)
  4. ↑ 本件は、一時期所在不明とされていたが、2020年3月23日の文化庁の発表によると、古美術業者からの情報により、所在が確認されたという。ただし、所在都道府県、所有形態等については公表されていないため、不明である。参照: “盗難を含む所在不明に関する情報提供について〜取り戻そう!みんなの文化財〜文化審議会の答申(史跡等の指定等)について”. 文化庁. 2020年3月23日閲覧。

参考文献

関連項目

外部リンク

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