東安郡(とうあん-ぐん)は、中国にかつて存在した郡。西晋から隋初にかけて、現在の山東省西部に設置された。

概要

297年(元康7年)、東莞郡を分割して東安郡が立てられた[1]。東安郡は徐州に属した。

南朝宋のとき、東安郡は蓋・新泰・発干の3県を管轄した[2]。

北魏の献文帝のとき、東安郡は東徐州に属した。498年(太和22年)、東徐州は南青州と改称され、東安郡は南青州に属した。東安郡は蓋・新泰・発干の3県を管轄した[3]。

北周のとき、東安郡は莒州に属した。

583年(開皇3年)、隋が郡制を廃すると、東安郡は廃止されて、莒州に編入された[4]。

富春の東安郡

本節では、現在の浙江省杭州市一帯に設置された東安郡について述べる。226年(黄武5年)、三国の呉により3郡の悪地10県が分割されて、東安郡が立てられた。全琮が太守となり、郡治は富春県に置かれた。228年(黄武7年)、東安郡は廃止された[5]。

脚注

  1. ↑ 『晋書』地理志下
  2. ↑ 『宋書』州郡志一
  3. ↑ 『魏書』地形志二中
  4. ↑ 『隋書』地理志下
  5. ↑ 『三国志』呉書呉主伝および全琮伝
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