東晟良

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東 晟良
基本情報
国籍 日本の旗 日本
誕生日 (1999-08-20) 1999年8月20日(25歳)
獲得メダル
日本の旗 日本
女子 フェンシング
オリンピック
銅2024 パリフルーレ団体
世界選手権
銅2023 ミラノ団体
アジア競技大会
金2018 ジャカルタフルーレ団体
銅2018 ジャカルタフルーレ個人
アジア選手権
銀2017 香港フルーレ団体
金2019 千葉フルーレ団体
銅2019 千葉フルーレ個人

東 晟良(あずま せら、1999年8月20日-)は、日本のフェンシング選手。和歌山県出身。和歌山県立和歌山北高等学校卒業。日本体育大学体育学部卒業。共同カイテック株式会社所属。姉は同じフェンシング選手の東莉央。

経歴

フェンシング選手であった母親の影響で、小学校4年から競技を始める。高校2年(2016年)の時にアジアジュニア・カデ選手権で金メダルを獲得。2017年、全日本選手権・個人フルーレで初優勝を飾り、2018年4月、姉の後を追うように日本体育大学に入学。同年夏のアジア大会(ジャカルタ)では女子フルーレ団体で初の金メダルを獲得。同年11月にアルジェリアで行われたワールドカップで銀メダルを獲得し、個人種目で初の表彰台に上がった。同年12月に東京グローブ座で行われた全日本選手権・個人フルーレで前年に続き連覇を果たした[1]。2019年のねんりんピック紀の国わかやま2019で姉妹揃って最終点火者を務めた。

2021年4月25日、2020年東京オリンピックフェンシング女子フルーレの代表入り。フェンシングでは初めてとなる姉妹揃ってオリンピック代表入りを果たす[2]。

東京オリンピックフェンシング競技では女子フルーレ初戦でカナダのケリー・ライアンと対戦したが敗れた[3]。女子フルーレ団体には上野優佳、東莉央、辻すみれとともに出場したが、初戦でアメリカに36-45で敗れた[4]。

2024年5月19日、パリオリンピック代表に選出されたことが発表された[5][6]。

2024年パリオリンピックのフェンシング競技女子フルーレ個人では、初戦で香港の陳諾思と対戦し14-15で敗れた[7]。その後、現地時間8月1日に開催された女子フルーレ団体に上野優佳、宮脇花綸、菊池小巻と出場し、3位決定戦でカナダに33-32の1点差で勝利して銅メダルを獲得。日本フェンシング女子で、個人・団体を通じて史上初のオリンピックメダル獲得となった[8][9]。

テレビ出演

受賞

  • 第57回和歌山県スポーツ顕賞[10]

脚注

  1. ↑ 東“晟良劇場”だ!「東京グローブ座」決戦制しフルーレ女子が連覇/フェンシング(サンケイスポーツ・2018年12月10日付)
  2. ↑ “【フェンシング】東姉妹が五輪代表候補に選出 青木監督「練習から手を抜かない姿勢」 – 東京スポーツ新聞社”. 東スポWeb – 東京スポーツ新聞社. 2021年4月26日閲覧。
  3. ↑ “東莉央と東晟良は初戦敗退 日本フェンシング史上初の姉妹五輪出場”. 日刊スポーツ 2021年7月25日閲覧。
  4. ↑ “フェンシング女子フルーレ団体は初戦敗退 米国に36-45で敗れる”. 日刊スポーツ 2021年7月29日閲覧。
  5. ↑ “フェンシングのパリ五輪代表に江村美咲や加納虹輝ら18人…協会発表”. 読売新聞 (2024年5月19日). 2024年5月19日閲覧。
  6. ↑ “フェンシング・東晟良、2大会連続のパリ五輪「団体と個人で金メダル」姉妹出場はかなわずも「莉央の分まで」”. スポーツ報知 (2024年5月20日). 2024年7月26日閲覧。
  7. ↑ “フェンシング 日本3選手 女子フルーレ個人 初戦敗退 パリ五輪”. NHK 2024年7月28日閲覧。
  8. ↑ “女子フルーレ団体の日本「銅」、フェンシング女子初メダル…3位決定戦は1点差で逃げ切る”. 読売新聞 (2024年8月2日). 2024年8月2日閲覧。
  9. ↑ 産経新聞 (2024年8月2日). “フェンシング団体で「銅」、女子日本勢で初のメダル 柔道はメダルなし パリ五輪第7日”. 産経新聞:産経ニュース. 2024年8月2日閲覧。
  10. ↑ 133人と12団体に 県スポーツ賞表彰(わかやま新報・2019年2月14日付)

外部リンク