東条長頼

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東条 長頼(とうじょう ながより、天正5年(1577年) - 寛永8年6月5日(1631年7月4日))は、江戸幕府の旗本。徳川氏の家臣[1]。

父は東条行長。妻は北条氏規の娘。子に東条長氏。官位は従五位下、紀伊守、伊豆守。

生涯

天正5年(1577年)、東条行長の子として誕生。

父の行長は豊臣秀吉の家臣だったが、後に徳川家康の家臣に転じた。そのため、長頼は最初から家康に仕え、旗本家臣として従ったという[1]。書院番士を務め、大坂の陣では西尾忠永隊に属して戦った。

寛永8年(1631年)6月5日、55歳で死去[2]。

脚注

  1. 1 2 『戦国北条家一族事典』 戎光祥出版。2018年。P72
  2. ↑ 『寛政重修諸家譜』第1輯(国民図書、1922年)p.992-993

参考文献