| 東根氏 | |
|---|---|
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| 本姓 | 清和源氏新田氏流里見氏天童氏 |
| 家祖 |
東根頼高 (天童頼直の子) |
| 種別 | 武家 |
| 出身地 | 出羽国 |
| 主な根拠地 |
出羽国 阿波国・淡路国 |
| 凡例 / Category:日本の氏族 | |
東根氏は清和源氏新田氏流里見氏天童氏の一門。初代は天童頼直の子、東根(坂本)頼高。
宗家の天童氏は、戦国時代に最上氏から自立するようになり最上義光の時代には最上八楯を形成し、東根氏もこれに加わる。特に東根頼景は天童氏から入っており、結びつきを強めた。
慶長出羽合戦後、東根氏は山形藩重臣として東根城1万2千石を与えられた。記録では「東根源右衛門」とあり、これは景佐の事だと思われる。1620年(元和6年)の景佐の死後、子の東根親宜が継いだ。この時、景佐の遺書に「最上家はあと三年しかもたない」といった内容の事が記述されることに注目されている。そして彼の予言通り、2年後の1622年(元和8年)最上氏は改易され、東根氏は後に徳島藩蜂須賀氏に仕えた。
| 天童頼直 | |||||||||||||||||
| 東根頼高1 | |||||||||||||||||
| 頼任2 | |||||||||||||||||
| 頼厚3 | |||||||||||||||||
| 頼舜4 | |||||||||||||||||
| 頼宗5 | |||||||||||||||||
| 頼息6 | |||||||||||||||||
| 頼景7[1] | 景佐8 | ||||||||||||||||
| 親宜9 | |||||||||||||||||
| 親春10 | 親重 | ||||||||||||||||
| 親倫11 | 親保 | ||||||||||||||||
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