松平一忠

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松平 一忠(まつだいら かずただ、生年不詳 - 天文12年10月1日(1543年10月28日))は、室町時代から戦国時代の武将。長沢松平家の5代目当主。通称源七郎、上野介。

略歴

松平勝宗の嫡男として三河国に生まれる。天文12年10月1日に長沢城で死去[1]。法名 玉心[2]。

墓所は妙心寺(愛知県岡崎市岩津) [3]。

系譜

『寛政重修諸家譜』による。


参考文献

  • 『寛政重修諸家譜第1輯』(国民図書、1922年、204p)
  • 『寛永諸家系図伝 1』(続群書類従完成会、1980年、185p)

脚注

  1. ↑ 国民図書 1922, p. 204.
  2. ↑ 続群書類従完成会 1980, p. 185.
  3. ↑ “長沢松平家”. 2022年9月22日閲覧。

外部リンク