松平乗勝

ウィキペディアから、無料の百科事典
 
松平乗勝
時代 戦国時代
生誕 明応5年(1496年)[注釈 1]
死没 大永4年11月20日(1524年12月15日)
別名 通称:源次郎[1]
戒名 玄香[1]
墓所 愛知県豊田市足助町の宝珠院[2]
氏族 松平氏(大給松平家)
父母 父:松平乗正
兄弟 乗勝、親清、清成[1]
妻 松平清康の養女・随念院
子 親乗
テンプレートを表示

松平 乗勝(まつだいら のりかつ)は、戦国時代の武将。大給松平家の第3代当主とされる人物。

事績

『寛政重修諸家譜』によれば、松平乗正の長男として生まれ、大永4年(1524年)11月20日に29歳で死去した[1]。

妻(随念院という院号で知られる[3])は松平清康の養女(実は清康の父にあたる松平信忠の娘)[1][3][注釈 2]で、永正12年(1515年)に[4]松平親乗を産んだ[1][3]。彼女は乗勝の死後、足助の鈴木重直に再嫁した[1][3]が離縁[3]。のちに徳川家康の乳母になったことで知られる[3]。

脚注

注釈

  1. ↑ 『寛政重修諸家譜』所載の没年と享年からの逆算。
  2. ↑ 通説では清康は1511年の生まれとされている。

出典

  1. 1 2 3 4 5 6 7 『寛政重修諸家譜』巻第九、国民図書版『寛政重修諸家譜 第一輯』p.49。
  2. ↑ 『寛政重修諸家譜』巻第九、国民図書版『寛政重修諸家譜 第一輯』pp.48-49。
  3. 1 2 3 4 5 6 “随念院”. デジタル版 日本人名大辞典+Plus(コトバンク所収). 2022年3月30日閲覧。
  4. ↑ “松平親乗”. デジタル版 日本人名大辞典+Plus(コトバンク所収). 2022年3月30日閲覧。

参考文献