松平 正永(まつだいら まさなが、生没年不詳)は、江戸時代初期の武士。松平正朝の子。大草松平家の9代目当主。通称は善四郎。官位は従五位下・壱岐守、因幡守[1] [2]。初名は正求(まさみ)。
徳川秀忠に仕え、後に父・正朝と共に徳川忠長に仕える。寛永9年(1632年)主君忠長が改易され、所帯を失った際に流浪する。寛永17年(1640年)に初めて徳川家光に拝謁し、父に継いで水戸藩家老となり、従五位下壱岐守に叙任[1]。正永には子がなく大草松平家は絶えた。
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